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書評

【書評】ウエルベック『ショーペンハウアーとともに』 [評者]井原槙太郎

ミシェル・ウエルベック 著 澤田直 訳
『ショーペンハウアーとともに』
国書刊行会
2300円+税

[評者]井原槙太郎

哲学するミシェル・ウエルベック

 本書は、『服従』、『セロトニン』、『プラットフォーム』をはじめ、挑発的な問題作を次々と発表し、世界中に衝撃を与え続けている作家ミシェル・ウエルベックが、ドイツ哲学者ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』、『幸福について』から幾つかの文章を抜粋し、自身で訳し、彼なりの注釈を加えたものである。

 一から分厚い哲学書を読み、自身で解釈していくというのは、私も含め読者は逡巡するところがあるだろう。しかし本書では、ウエルベックがショーペンハウアー哲学の勘所を抜粋し、嚙み砕いて注釈している上、それでもなお難しい箇所は訳者の澤田直が理解の補助線を引いている。150頁ほどで浩瀚ではないし、手にとりやすい一冊だ。

 序章でウエルベックとショーペンハウアーとの出会いをアガト・ノルヴァック=ルシュバリエが解説するところから始まり、認識、芸術、詩、生、幸福……など、ショーペンハウアーの考えをウエルベックが敷衍していく。訳者もあとがきで書いていることだが、ウエルベック自身の考えについて垣間見ることができるのも本書の面白いところ。あのウエルベックがここまでショーペンハウアー哲学に心酔する理由とは何か。読んで頂ければわかるが、本書の終わり方はなんとも私たちの更なる好奇心、読書欲をそそるものである。

 ショーペンハウアー哲学の中には東洋思想、つまり仏教の要素が持ち込まれている。ウエルベックは「諦観には不向きな我々西洋人の性格向けに翻訳された仏教」であると評しているが、そのような諦観を通して世界を悲観的に見つめるような、東洋的な考えをショーペンハウアーは西洋哲学に取り入れた。後の実存主義やニヒリズムの先駆となったことはご存知の方も多いだろう。

 ところで若者は、自分の人生について悲観的に考えがちである(実際私もそうである)。自分はこれからどうなっていくのか、仕事や結婚、ときには死についてまで、数々の不安が若者の周りには常に渦巻いている。ショーペンハウアーの哲学はそんな若者に手を差し伸べてくれる。一回どん底まで落ちて、世界を悲観的に眺めること、それが不安の救済につながる。個人的に、本書は同世代(20代)に是非読んでもらいたい一冊である。

(いはら・しんたろう/立教大学文学部文学科文芸・思想専修)

◇初出=『ふらんす』2019年10月号

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