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書評

【書評】永見瑞木『コンドルセと〈光〉の世紀:科学から政治へ』 [評者]隠岐さや香

永見瑞木 著
『コンドルセと〈光〉の世紀:科学から政治へ』
白水社
3400円+税


[評者]隠岐さや香

逆転の発想による、新たなコンドルセ像

 この半世紀は、コンドルセ再評価の時代であったといえる。かつて彼は、革命の政治抗争の中で道半ばに倒れた啓蒙思想家、公教育論と進歩主義思想を残した人物としてばかり知られていた。しかし近年、数学、政治、経済と幅広い領域に及ぶその著作が、忘却の淵から甦りつつある。本書はその中でも、彼の政治秩序構想について全体像を明らかにした貴重な研究である。

 本書の魅力は何といっても、デモクラシーのあり方という、現代社会が抱える根源的な問題に関して、コンドルセの思想が有する可能性を描き出したことだろう。これまで、彼の政治思想はその大枠が語られることはあったものの、包括的な分析はなされてこなかった。著者はコンドルセの膨大な関連著作を丹念に読み解き、彼の議論を「流動的」な秩序観と「集合的理性」への信頼に支えられた独戧的な代表民主政構想として提示してみせる。そこで描かれるのは、常に社会全体で相互対話が行われ、変化に対応できるような理想のデモクラシーである。

 コンドルセは、政治が利害関心の産物に陥ることをよしとしなかった。個々人が理性的な見解を持ち寄り討議することを政治のあるべき姿と捉え、そのために必要な制度設計を考え抜いたのである。代表民主政を支持したのも、広大な国土に散らばる市民一人一人の知識を持ち寄る仕組みとして最適とみなしたからだ。このような観点から、彼はイギリスの伝統に依拠した議会政治を党派性の温床であるとして退けた。アメリカの独立に大いに刺激を受けながらも、実現した制度には不十分さがあるとみなした。そして、1780年代から革命期にかけて、独自の政治秩序構想を緻密に描き出したのである。その中では、市民と政府を階層構造の各種議会がつなぎ、権力が一部の党派や人物に集中しないよう、常に人員の入れ替わりが計られ、各段階で市民による異議申し立ての仕組みが担保されていた。

 著者は18世紀の社会を描き出すことを重視し、現代的な評価については極めて禁欲的である。だが、従来は「非現実的」とみなされがちであったコンドルセの思想を、「流動性」に開かれたものと捉えたところに逆転の発想がある。著者は「時代がようやくコンドルセに追いついてきた」ことを鋭敏にも捉えたのではないか。今後の展開が楽しみである。

(おき・さやか/名古屋大学経済学研究科教授。18世紀フランス科学史。著書『科学アカデミーと「有用な科学」)

◇初出=『ふらんす』2018年6月号

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