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書評

【書評】鷲巣力・半田侑子編『加藤周一青春ノート』 [評者]三浦信孝

鷲巣力・半田侑子 編
『加藤周一青春ノート:1937-1942』
人文書院
3800円+税

[評者]三浦信孝

18歳から22歳までの精神的閲歴の断片

 二十歳前の私にヴァレリーのすごさを教えてくれたのは、小林秀雄訳『テスト氏との一夜』だったが、加藤周一に“その詩人の運命が一帝国の運命より重大に思われた” “我国には知られざる詩人” に捧げた「ヴァレリー頌」(1947)があるのを知ったのは、ずっと後のことである。27歳の加藤は、「私が彼に負うところを明らかにするために、私の青春の精神的閲歴のすべてを描いても、まだ足りない」と書いている。

 のちに私は1996年に日仏会館で「ヴァレリーと私」について講演してもらったのを皮切りに、2001年の「クレオール化と雑種文化論」をめぐるエドアール・グリッサンとの対談や、2003年加藤が最も敬愛する作家のひとり「永井荷風」についての講演をお願いした。2008年12月5日に加藤さんが亡くなると、私は精神上の父を失ったように感じてうろたえた。

 喪があけた2010年9月から日仏会館で加藤周一記念講演会を始めた。初回は後に岩波新書で『加藤周一』を出す海老坂武である。翌年は『加藤周一著作集』や『自選集』の編集者で、岩波から『加藤周一を読む』を出したばかりの鷲巣力。その講演記録「加藤周一の未発表「ノート」を読む」は『日仏文化』81号(2012)に収録されているが、いま読み返してみると、この講演が今年刊行された『加藤周一 青春ノート』につながる息の長い仕事の出発点だったことがわかる。加藤は日中戦争が始まる1937 年から真珠湾攻撃の翌1942年まで、18歳から22歳までの5年間に8冊のノートを書き残している。ノートの原本は立命館大学の加藤周一文庫に収められ、その全容はネットでも読めるが、詳しい注と解説をつけて今回公刊されたのはその何分の一かの抄である。外国の作家でいちばん名前が頻出するのがヴァレリーだと聞いて飛びついたが、その旺盛な知的好奇心と時代への批評意識の鋭さに目を見張った。

 この『青春ノート』を紹介し、立命館大学の学生にこれを読ませるドキュメンタリーが2016年8月13日にNHKで放映され、大きな反響を呼んだ。番組ディレクターの渡辺考と鷲巣力が編んだ本が『加藤周一 青春と戦争『青春ノート』を読む』(論創社、2018)である。

 2016年5月7日の加藤周一文庫開設記念の講演会で、「九条の会」の同志だった大江健三郎が、1946年3月に「東大新聞」に発表された「天皇制を論ず」を取り上げ、終始この論文の重要性を強調したのが忘れられない。

(みうら・のぶたか/中央大学名誉教授・日仏会館副理事長。編著『戦後思想の光と影』『フランス革命と明治維新』)

◇初出=『ふらんす』2019年9月号

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