【書評】ベルクソン『時間観念の歴史:コレージュ・ド・フランス講義 1902-1903年度』 [評者]澤田直
アンリ・ベルクソン 著 藤田尚志・平井靖史・岡嶋隆佑・木山裕登 訳
『時間観念の歴史:コレージュ・ド・フランス講義 1902-1903年度』
書肆心水
3600円+税
[評者]澤田直
臨場感溢れる、待望の講義録
このところ世界中で再評価の進むベルクソンだが、初心者も中級者も上級者も、それぞれの仕方で楽しめる本が出た。ベルクソンがコレージュ・ド・フランスで1902年から03年に行った、「時間観念の歴史」に関する講義の記録である。生前、厳選した著作以外の公刊を禁じた哲学者だが、今ではその封印も解かれ、すでに書簡集や講義録が多数刊行、翻訳されている。そのなかで、本書は、プロの速記者による書き起こしをテクストとした希有のものであり、巧みな話術で知られたベルクソンの息づかいまでが聞こえるような臨場感あふれる一書である。
その魅力はいくつもあるが、まずは冒頭の「相対的な知と絶対的な知」に顕著な比喩のたくみさ。難解な問題をわかりやすい喩えで説明するのは、ベルクソンの十八番であるが、ここでは外国語学習の例からはじまり4つの身近な例のお陰で、読者は気づいたときにはすでに、「時間」という哲学と科学の大問題の中に招じ入れられている。第二は、これが明快な哲学史の授業であること。精確さを発明したギリシア人の哲学が近代にどのように継承され、どのような変容を被ったのかをわかりやすく解説してくれる。とりわけプラトンのイデアがアリストテレスによって書き換えられた際の決定的な意味など、凡百の哲学史とは異なるスマートさで教えてくれる。第三は、ベルクソン思想そのものへの導入である。一昔前は、ベルクソンを読むには、『思想と動き』あたりから始めるのがよいとされていたが、本書では「持続」や「記憶」といったキーワードはもとより、「時間と空間の混同」「直観と概念」など主要な問題構成が哲学史の枠内で見事に説明され、格好な入門書となっている。
内容を要約する紙幅はないが、重要な役割を果たすのが、ベルクソンが最も近いと感じていた哲学者プロティノスであり、四講が宛てられていることは指摘しておきたい。この「独創的な天才」は、意識、時間、自由をはじめて明確に問題化し、古代と近代の蝶番になっている要の存在だとされ、多くの引用とともにていねいな読解がなされている。
本書の性格と位置付けを理解するためにも、訳者による見事な「解説」と「あとがき」から読むことをお勧めする。その後、1日1章のペースで読めば、やすやすと19回の講義を読破できるはずだ。
(さわだ・なお/立教大学教授。著書『〈呼びかけ〉の経験』、訳書フォレスト『さりながら』、サルトル『言葉』)
◇初出=『ふらんす』2019年12月号