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書評

【書評】ギメ『明治日本散策:東京・日光』 [評者]池内紀

エミール・ギメ 著 岡村嘉子 訳
『明治日本散策:東京・日光』
角川ソフィア文庫
1120円+税

[評者]池内紀

現地の眼差しによる希有な旅行記

 1868年、明治維新。ニッポンの開国に際して大挙やってきた欧米人は、大半が幻想派だった。東洋の孤高の国に幻想をふくらましていた人たち。謎の国であり、神秘に満ちみちている。幻想の多寡によって幻滅した。謎や神秘でなく、小狡い現実と遭遇したからである。なかには為替相場の不備を利用して、ガッポリと儲けた商人もいただろう。

 そんなガイジンのなかで、ムシュー・エミール・ギメは一人の例外だった。フランス国立ギメ東洋美術館を基礎づけたことからもわかるように、早くからオリエントにめざめ、エジプトを皮きりに中東、インド、中国、そして待望のジパングにやってきた。明治9年(1876年)来日。ときに40歳だった。当時としては老境にも近づいた齢であり、事業を成功させた実業家でもある。その人が数か月に及んで、自由に、闊達に、開国したての国を旅して、帰国後、美しい旅行記を世に出した。つねに挿絵画家が同行していたから、「書く人」の目ですべてを眺めていたことはあきらかである。

 明治と世は移ったが、その明治9年は色濃く江戸の事物と雰囲気を残していた。ギメも好んで江戸情緒を求めた。明治政府による欧化・近代化の手がまだ及んでいないところ、さっそく赤穂義士の墓のある泉岳寺を訪れて、首洗いの井戸までたしかめている。義士伝こそ日本人の心の故里とみたからだろう。古い調和ある伝統的なエリアに対して、近代化の波に乗った安手のレンガ街が始まっている。「失ったものの大きさに日本人はいつか気づくだろう」。おもわず予言的なことを書かずにいられない。

 早々と画家暁斎を自宅まで訪ねているのが興味深い。フランスなら豪壮なパレにアトリエをかまえているはずの人が、二間六メートル四方の「掘立小屋」に住んでいる。風刺画がお上の気に障って逼塞(ひっそく)していても、意気揚々とした暁斎の珍しいポートレイトだ。東京滞在中、ギメがどのように未来の東洋美術コレクションの充実を図ったか、そのことは書かれていないが、十分に推測はできるのだ。

 異文化に対して自らの「文化尺度」を押しあてるのではなく、あくまで現地の眼差しで見ようとした希有な旅行記だ。ただ、所々で見かける神社の大鳥居を凱旋門と早合点した。それだけ家々は小さく低く、鳥居ばかりが雄大にそびえ立っていたのではなかろうか。

(いけうち・おさむ/ドイツ文学者。著書『ウィーンの世紀末』『ヒトラーの時代』、訳書『カフカ小説全集』(全6巻))

◇初出=『ふらんす』2019年9月号

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