1年で最も静かなパリ
8月に入るとバカンスに出発する人がぐんと増えて、パン屋さんやケーキ屋さん、チーズ屋さん、肉屋さん、カフェなど、いつも通う近所の店が「8月○日から○日まで夏休みを取ります」と貼り紙をして閉店し始めます。毎週立つマルシェも、店の数がぐっと減ってちょっと寂しい雰囲気になります。普段なら車と車が触れ合うくらいにびっしり停まっている路上駐車も、この時期だけは嘘のように少なくなります。
そんな現象がピークになるのが、聖母被昇天祭というカトリックの祝日である8月15日をはさんだ前後2週間。偶然ですが、ちょうど日本のお盆の時期と重なりますね。たとえパリの中心部でも、個人経営の店舗はかなりの確率で閉まっているので、お目当てのレストランやブティックがあるなら、この時期のフランス旅行は避けたほうがベターです。パリの街からパリジャンがいなくなり、ふと気がつくと、自分の周りには海外からの旅行者しか歩いていなかった、なんてことがよくあります。もちろんメリットもあり、メトロやバス、デパートなどの混雑が減るので、よりのびのびとした気分でパリ歩きを楽しめます。そんな8月の静かなパリが好きだから、あえてパリに残る、というパリジャンもいるくらいです。今年は新型コロナウイルスの影響で、8月になってもまだ海外からの旅行者は少ないでしょうから、これまでに輪をかけて静かなパリになりそうです。
車通りが減って排気ガスも少なくなった夏のパリでは、カフェのテラス席をますます気持ち良く楽しめます。明るい日差しを浴びながら冷たい飲み物を飲むのは、至福のひとときです。いかにも涼しげなグリーンとさっぱりしたミントの風味で爽やかに喉をうるおしてくれるフランスならではの夏の飲み物が「マンタロMenthe à l’eau」。「ミント水」というその名のとおり、ミントのシロップを冷たい水で薄めたもので、夏の風物詩的存在です。ブロンドビールとレモネードをミックスした「パナシェPanaché」や、パナシェにざくろシロップを加えた「モナコMonaco」などのビールカクテルも、夏のテラスで楽しみたいカフェの定番ドリンクです。
みんなそれぞれに短い夏を満喫した後、8月の終わりになれば、もうなんとなく涼しい風が吹き始め、秋の足音が聞こえてきます。フランス語に「残暑」という言葉がないのはおそらく偶然ではなさそうです。
明るい日差しも、短い夏の楽しみ
◇初出=『ふらんす』2020年8月号