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「アクチュアリテ 社会」桜井道子(トリコロル・パリ)

個人コレクターの情熱あふれる美術館たち

 このところ一番心に残ったパリの展覧会といえば、ブローニュの森にあるルイ・ヴィトン財団美術館で昨年9月から今年4月初めまで開催されていた「モロゾフ・コレクション─近代美術のアイコン」展です。19世紀末から20世紀にかけての激動のロシアを生きた実業家、モロゾフ兄弟は、まさに近代美術が花開いたこの時代、ロシア人画家はもちろん、フランスを拠点に活躍していた芸術家たちの作品を数多く収集しました。1903年に兄ミハイルが早逝してからも弟のイワンが熱心に収集を続けていましたが、1917年に起こったロシア革命で亡命を余儀なくされ、コレクションも国に没収されました。現在エルミタージュ美術館を始めロシア国内に所蔵されている彼らのコレクションは、マネ、セザンヌ、ロダン、モネ、シスレー、ルノワール、ゴーギャン、ゴッホ、ロートレック、ボナール、マティス、ピカソなどの名作ぞろい。今では誰もが巨匠と呼ぶような芸術家たちばかりですが、同時代に彼らの才能と将来性を見極め、財産を惜しみなくつぎ込んだモロゾフ兄弟に、ただただ脱帽です。

 思い返してみれば、個人のコレクターが一生をかけて集めた作品によって成り立っている美術館が、パリにはたくさんあります。その最たる例が、ジャックマール=アンドレ美術館ではないでしょうか。19世紀後半の銀行家エドゥアール・アンドレと、画家ネリー・ジャックマール夫妻が収集した芸術作品の数々が彼ら自身の美しい邸宅に散りばめられ、とりわけイタリア・ルネッサンス美術のコレクションの充実ぶりは、個人でここまで収集できるものなのかと驚かされます。


ジャックマール=アンドレ美術館所蔵、ボッティチェリの『聖母子像』

 オランジュリー美術館では、モネの「睡蓮」だけでなく、ルノワールやセザンヌ、ピカソ、モディリアニなど19世紀末~20世紀前半を代表する画家たちの作品で構成された常設展も見逃せませんが、このコレクションは、画商ポール・ギヨームとその妻ドメニカ・ウォルターによって収集されました。

 他にもカモンド伯爵が集めた18世紀の芸術品や調度品が展示されているニッシム・ド・カモンド美術館や、イタリア生まれの収集家が集めたアジア芸術コレクションが見られるチェルヌスキ美術館もあります。

 より最近では、2014年開館のルイ・ヴィトン財団美術館はベルナール・アルノー、2021年開館のブルス・ドゥ・コメルスはフランソワ・ピノーと、どちらもフランスを代表する実業家の個人所蔵品をベースにした現代アートの美術館です。作品を収集することで芸術活動を支え続ける情熱は、現代にも受け継がれているようです。

◇初出=『ふらんす』2022年5月号

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著者略歴

  1. 桜井道子(さくらい・みちこ)(トリコロル・パリ)

    パリとフランスの情報サイト「トリコロル・パリ」を運営。著書『おしゃべりがはずむ フランスの魔法のフレーズ』。

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