2017年7月号 ニコラ・ユロ大臣誕生
ニコラ・ユロ大臣誕生
ついにニコラ・ユロ(62)がマクロン新政権で環境移行連帯相に就任した。首相、内相に次ぐ政府のNo.3 のポスト。しかも内務、法務相とともに国務相(副首相格)の肩書付き。新政権の環境問題重視、市民参加の象徴でもある。
ユロは環境運動家と同時にテレビタレントと紹介されることがある。長年、高視聴率を誇ったドキュメンタリー番組「ウシュワイヤ」(2012 年終了)の制作兼出演者として活躍したからだ。世界の秘境に飛び、深度50 メートルの海に潜り、数百メートルの谷間を宙づりで上昇し、ロッククライミングもすればプロペラ機も操縦し、象にも乗るなどの縦横無尽の冒険を披露しながら環境問題を訴えてきた。
2007年の大統領選では、無党派の“第3 の男” として支持率が急上昇したが出馬は見送った。その代わり、主要候補者たちにユロ作成の「副首相格で持続可能な開発相の戧設」「二酸化炭素削減目的の税の戧設」などを盛り込んだ「環境協定」に署名させた。その結果、サルコジ政権では公約通り、「環境相」の地位は政府No.2 を獲得。オランド政権でも継承されて、重要ポストとして大物政治家が就任してきた。ユロも政府の指南役として活躍。パリで昨年末開催のCOP21(第21 回締約国会議)では大統領特使として参加国を回り、根回しもした。
仏北西部ブルターニュ地方に住むユロに2008 年にインタビューをしたことがある。海を眺めながら、「毎日、潮の満ち引きを見ていると、心が休まると同時に、ますます地球が愛しくなる」と目を細めた。「20 年前までは地球は無限で人間は滑稽なほど小さな存在だと思っていた。しかし、今、実感するのは地球は小さく、脆く、人間の行動力は巨大だということだ。この脆い地球を人間の巨大な行動力で滅ぼしてはいけないということだ」と強い調子で、環境保護を訴えた言葉が忘れられない。
1999 年にブルターニュ沖で原油輸送タンカーが座礁し、大量の原油で海が汚染された時、タンカー会社ら関係企業すべてに有罪の判決が下り、莫大な補償金が科せられた。「裁判で自然に初めて値段がついた」と言われたが、ユロの活動が間接的な影響を与えたおかげだった。
大臣の椅子は、1995 年に発足したシラク政権時代から何度も持ちかけられたが、常に申し出を蹴ってきたのは、「独立を確保したかった。大臣になれば政府の方針に従わなければならない。在野にいれば政財界に自由に意見が言える」と当時は述べていたが、今回、快諾したのは、「希望と未来」を託した若いマクロン大統領に、期するところ大なのかもしれない。
◇初出=『ふらんす』2017年7月号