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「アクチュアリテ 政治」山口昌子

W杯優勝とマクロン大統領の支持率

 この夏、マクロン大統領は上機嫌だった。7月15日、サッカーの世界選手権大会(W杯)で、仏代表が1998年以来、20年ぶり2度目の優勝をはたした。4対2で勝利したクロアチアとの決勝戦にはブリジット夫人と共にモスクワで応援し、ゴールの度に飛びあがって快哉(かいさい)。表彰式では激しい夕立の中、ずぶ濡れになって選手たちを祝福する姿が、テレビで生中継されて国民の共感を生んだ。

 翌16日には、エリゼ宮に凱旋選手たちを迎え、祝賀の宴を開催。選手たちを「私の子どもたち」と呼び、「6000 万人(仏人口は約6500 万人)のフランス人に夢を見させてくれた」と感謝した。決勝戦で2点目を上げたグリーズマンは、「フランス人であることを誇りに思う」と述べ、3点目を上げたポグバは、「共和国万歳!」と叫んだ。

 1998年には、移民2世も多い選手たちの肌の色から「black, blanc, beur」(黒人、白人、アラブ人)が強調され、優勝は同化政策成功の象徴になった。4点目を上げたエース10番のエムバペ(ムバッペ)に関しても、父親がカメルーン、母親がアルジェリア出身の移民云々より、「19歳」「大学入学資格試験(バカロレア)を好成績で合格」などが話題になった。

 7月14日の革命記念日は快晴に恵まれた。大統領は騎馬隊に囲まれ、軍用車に同乗のルコワントル参謀総長と時に、談笑しながらシャンゼリゼ大通りを下った。コンコルド広場の仮設お立ち台では日本の自衛隊も参加した軍事行進を、西日本豪雨で欠席した安倍首相の代理で出席した河野外相らと、盛大な拍手を送って観覧した。

 就任1年目の昨年の革命記念日は初の晴れ舞台だったが、惨憺たる状況だった。軍用車では隣のドヴィリエ参謀総長(当時)と視線も交わさなかった。大統領は前夜、「私が長」と述べて、国防予算削減決定を強調。ドヴィリエは辞表を提出したが、事実上、役務逸脱者として糾弾されての更迭だった。

 この日を境に大統領の支持率は就任時の60数パーセントから40パーセント前後に急降下し、低迷中だ。「私が長」事件に加え、高失業率解消と巨額の財政赤字削減を目指した労働法改正や国有鉄道の民営化計画などが、国民の不興を買ったからだ。

 1998年の優勝時には、当時のシラク大統領の支持率が急上昇した。シラクは前年の総選挙で出身母体の保守政党・共和国連合が敗北し、第一党となった社会党のジョスパン第一書記が首相に就任。保革共存政権が誕生した結果、支持率も低下したが、W杯優勝をきっかけに回復。マクロン大統領はW杯効果を享受できるかどうか……。

◇初出=『ふらんす』2018年9月号

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著者略歴

  1. 山口昌子(やまぐち・しょうこ)

    産經新聞前パリ支局長。著書『フランス流テロとの戦い方』『パリの福澤諭吉』

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