フランスに存在する“見殺し罪”
両親によるわが子への「しつけ」と称する虐待死事件や、学校でのいじめを苦にした自殺事件が絶えない。周囲の大人たちは、薄々、「虐待」や「いじめ」があることを知りながら、文字通り、黙殺する場合が多いが、フランスなら“見殺し罪” で罰せられるケースだ。
虐待やいじめではないが、ダイアナ元英皇太子妃の交通事故死では、ダイアナ元妃らを追跡したカメラマン「パパラッチ」9名が、「過失致死罪」と「救助義務違反」の容疑で予審が実施され、うち数人は、「救助義務違反」容疑で起訴された。救急隊員や警官の制止を振り切って、ひん死の元妃を撮りつづけたからだ。
「救助義務違反」は「危険に陥った人物を放置した罪」と定義されている。つまり、救助できる状態にありながら、その義務を怠った結果、その人物を死亡させた、つまり「見殺し」にした罪だ。
1998年にフランスではこの罪状で当時、現役の国民議会議長で元首相のローラン・ファビウスをはじめ2 人の閣僚が起訴された。首相経験者の起訴は、第五共和政(1958年~)始まって以来初だったので、当時、政界はもとよりフランス中を震撼させた。
フランスでは80年代後半から90年代前半にかけて、輸血によるエイズウイルス(HIV)感染での犠牲者は死者400人以上を含めて約1600人に上った。当時、首相だったファビウスは危険を十分に承知しながら、「首相」として十分な措置を取らずに感染者を「見殺し」にしたとされた。結局、通常の政令伝達より異例の速さで輸血者のエイズ検査や血液の熱処理を義務づけた、との理由で最終的には無罪となったが、この事件が主な要因で「大統領候補」の座から滑り落ちた。国立輸血センター所長は4年の実刑判決が下り、服役。社会問題相と保健相も長期間の公判後に保健相が有罪になった。
この3月に発生した船戸結愛ちゃん(5歳)の虐待死事件では、両親が保護責任者遺棄致死で起訴されたが、フランスだったら一家が在住の東京・目黒区と引越し前に住んでいた香川県の児童相談所や近所の人も、「見殺し罪」容疑で捜査の対象になる可能性大だ。「見殺し罪」の場合、最高刑は禁固5年に加え、約10万ユーロの罰金も科せられる。
フランスでは最近15歳以下の未成年に対するレイプなどのセクハラに対する厳罰法案も審議された。未成年に対するレイプ殺人は虐殺に相当し、重刑だ。大人が子どもを守らないなら、法律で厳しく規定する以外ない。日本には「見殺し罪」に相当する法案検討の機運はないのだろうか。
◇初出=『ふらんす』2018年10月号