白水社のwebマガジン

MENU

「アクチュアリテ 政治」山口昌子

2018年4月号 日に1000通届く、大統領宛ての手紙

 マクロン大統領宛ての手紙はエリゼ宮(仏大統領府)ではなく、パリの「目立たない場所」(パリジャン紙)、別館のアルマ宮に配達される。ダイアナ元皇太子妃が自動車事故死した現場は、セーヌ川にかかるアルマ橋の下の自動車道だが、そのアルマ橋のすぐ近くの建物だ。正式名は「大統領府通信室(SCP)」だ。

 郵便局の特別車が毎朝、オレンジ色の数個の大袋に詰めた約1000 通の手紙をひっそりと配達する。オランド前大統領時代は平均1 日約800 通だった。国民的歌手ジョニー・アリデー死去などの「大事件」が発生すると、約1500 通に急増する。大統領への贈り物は昨年5 月の就任以来、約19 万個に達し(2018 年2 月現在)、記録的な多さを示した。

 爆弾や危険な化学物資などが含まれていないか厳重にチェックした後に、約60 人の専従職員が特別開封器(1 分間で100 通開封)で開封された手紙を「至急」「署名運動」「未採用」などに仕分ける。自殺を匂わす手紙は「至急」に仕分け、警察に通報する場合もある。大統領への「罵詈雑言」などの内容は「未採用」だ。次いで、6 人の職員が「未採用」以外の封書に目を通し、さらに5 人の職員が精読して、大統領とブリジット夫人に届ける手紙を選別する。未採用以外の手紙のうち、「住所の記載があれば、返信代わりに大統領の署名入りの写真を送る」(エジェールSCP 室長)。「大好き」と書いたハートのデッサン入りカードを送ってきた少女には、大統領が「ありがとう」の直筆の返事を送ったという。

 「年金者に対する増税」や「高速道路の時速80 キロ制限」などの法律や政策に関する意見書は所轄官庁に回す。「大統領が最後の頼みの綱とばかりに、関係書類や請求書などの全コピーを入れた分厚い陳情書」(同部長)もある。内容によっては、大統領や夫人に回す。

 ドゴール将軍が大統領時代に、日本から日本語で書いた「フランス、ドゴール将軍」宛ての手紙が本人に到着したというニュースがあったが、フランス大統領宛ての手紙は、「苗字と肩書だけで原則、到着する」(パリ8 区の郵便局)。しかも、「切手を貼っていなくても到着する。サンタクロース宛ての手紙に切手が要らないのと同様」(同)とか。大統領もサンタ同様に、全ての願いを叶えてくれるわけではないが、実行可能で理不尽な要求でなければ、「返事」という贈り物が届く。大統領にしてみれば、「国民の声を直接聞ける」という利点に加え、人気のバロメーターともなる。いずれにせよ、国家元首と国民との直接対話が確保されているという点で、さすが、「自由、平等、博愛」を国是とする国らしいといえそうだ。

◇初出=『ふらんす』2018年4月号

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 山口昌子(やまぐち・しょうこ)

    産經新聞前パリ支局長。著書『フランス流テロとの戦い方』『パリの福澤諭吉』

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2024年12月号

ふらんす 2024年12月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

ランキング

閉じる