アメリカ賞100周年
今や凱旋門賞については説明不要かと思う。その制覇は日本競馬界の長年の夢となって久しく、競馬に興味がない人でもそれが競馬のレース名であることくらいはご存知だろう。凱旋門賞と同様、特に有名なフランスの競馬レースのうち、アメリカ賞は日本では知名度が低い。平地競争の凱旋門賞と違い、アメリカ賞は繫駕速歩(けいがそくほ)競走である。聞きなれない名称かもしれないが、馬の後ろに繫がれた二輪車の上に騎手が乗り、馬はトロットで競争する。トロット、つまり速足であるため、サラブレッドによる平地競争のようなスピード感には欠けるが、スタートや走法に関する厳しいルール(速歩なので、ギャロップで失格となるなど)のため、予想が難しく人気もある。
フランスでは、平地競争、障害競走、繫駕速歩競走、騎乗速歩競争の4形態でレースが行われているが、前二者をフランス・ギャロが、後二者をシュヴァル・フランセ(あるいはLe Trot)が統括している。フランス・ギャロは凱旋門賞が開催されるロンシャン競馬場など6つの競馬場を運営しているのに対し、シュヴァル・フランセは238の競馬場を運営しており、繫駕・騎乗速歩競争の方がはるかにレース数が多い。凱旋門賞をはじめとする平地競争には華やかに着飾ってシャンパンを片手に観戦するイメージがあるが、速歩競争の方はむしろ大衆的であり、アメリカ賞にはハンバーガーの方が似合う。
アメリカ賞は、エリトロップ(スウェーデン)、ハンブルトニアン・ステークス(アメリカ)と並ぶ世界三大繫駕速歩競走の1つで、その歴史は最も古く、今年は100周年を記念する(1月26日開催)。国際レースであり、速歩競争の人気が高いイタリアやスウェーデンの馬が優勝したこともあった。今年も海外から招待馬を迎えた18頭立てでレースが行われ、Bélina Josselyn 号は伸びを欠いて連覇を逃し、2番人気のFACE TIME BOURBON が差し切り優勝した。かつては日本でも繫駕速歩競走が行われていたが、中央競馬では昭和43年に廃止されており、現在はエキシビジョンレースなどのイベントでしか開催されていない。そのため、日本競馬界がアメリカ賞を狙うこともなく、日本では凱旋門賞のように注目されることもない。
アメリカ賞の名称は、第一次世界大戦でフランスのために血を流したアメリカに対するオマージュに由来する。その後、ナチスによる占領期には一時的に冬季大賞典と名を改め、大戦直後の1946年と1947年は、ヴァンセンヌ競馬場はアメリカ軍の物資基地として使用され、レースはパリ郊外のアンギャン競馬場で行われた。
◇初出=『ふらんす』2020年3月号