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「アクチュアリテ スポーツ」芦立一義

ベルシーアリーナで「襲撃事件」

 11月13日は、フランス人にとって特別な日付である。5年前のこの日の夜21時頃、サッカーの試合が行われていたサン=ドニのスタジアム、パリ10区、11区にある飲食店とロックバンドのコンサートが行われていたバタクラン劇場で、相次いで惨事が発生した。パリ同時多発テロ事件である。今年もこの日は多くの人が犠牲者追悼のためにレピュブリック広場に集まった。一方、平和を希求するはずのこの日に、コンサート会場になっていたベルシーアリーナで「襲撃事件」が発生した。

 ステージに立っていたJULはマルセイユ出身のラップ歌手で、2014年以来、年に2枚のペースで世に送り出したCDアルバムはすべてプラチナディスク以上を受賞している。今年9月にはYouTube に投稿したミュージッククリップの再生回数が2億を超え、その記録的な数字が話題にもなった。ところで、JULの話題が取り上げられる時、彼の紹介には必ず「マルセイユ出身の」という言葉がつく。昨年来日公演を行ったIAM(アイアム)が代表的だが、マルセイユはパリと並んで著名なラッパーたちの拠点である。マルセイユとパリ、ラップもそうだが、サッカーでも熱い都市である。JULもオランピック・ドゥ・マルセイユ(以下OM)のファンであり、2020年は念願だったOMスタジアムでのコンサートが実現する。

 パリ・サンジェルマン(以下PSG)とOMは、犬猿の仲、宿敵同士で、しかも現在リーグ1ではこの2チームが首位争いをしている。そんな折、JULのコンサートを妨害しに現れたのはPSGの熱狂的サポーター100 ~ 150名のグループだった。彼らは「マルセイユはお断り」と書かれた横断幕を広げ、OMサポーターと諍いを起こし、アリーナ内は発煙筒が飛び交った。それでもコンサートは続き、その異常事態の模様はソーシャル・メディアを通じて拡散した。この件への関与を否定したPSGのサポーターグループは、この13日の夜にはレピュブリック広場で追悼集会を行っている。

 問題なのは、アリーナのセキュリティである。偽チケットでの入場、一部観客の飲酒状態、発煙筒の所持、安全面で異常な状況下におけるコンサートの継続など、運営上の過失が指摘されている。ベルシーアリーナでは、世界的に有名なミュージシャンのコンサートや、テニスや柔道の世界大会が行われ、2024年に開催されるオリンピックの競技会場にもなっている。この出来事が11月13日という象徴的な日に生じたのは意図されたものであったのかどうか、いずれにしても、暴力と安全について改めて考えさせられる一日となった。

◇初出=『ふらんす』2020年1月号

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著者略歴

  1. 芦立一義(あしだて・かずよし)

    パリ第12大学Master2(哲学)修了。仏哲学

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