第7回 子供に学ぶ仏語学習のヒント(3)
フレンチブルーム 「子供に学ぶ仏語学習のヒント」が好評のようなので、もう一回だけ引っぱりましょう。ひつじさんも、ネタが豊富におありのようなので。
ひつじ そうですね。今年、海に行ったときの話ですが、僕が6歳の娘を持ち上げて海の中に放り投げていたときのことです。娘が僕に「もう一度投げてよー!」と言いました。
ひつじ娘 : « Tu peux le jeter ? »
ひつじ : « Qui ? »
ひつじ娘 : « Tu peux le jeter moi !! »
フレンチブルーム つまり、le とmoiと代名詞を重複して使っているわけですね。
ひつじ はい。娘は« le jeter » « le manger »など、代名詞と動詞とセットで覚えていて、代名詞の意味や機能を分かっていませんが、毎日使っています。他に、« je peux le manger ça ? » ともよく言いますね。「その場合、le は要らないけどね」と思いながら聞いています。
フレンチブルーム 子供はまず音の語呂が良い自分なりの型を作るんですね。親の方は、自分で気がついて直すまで放っておく。
ひつじ そうです。話をいちいち中断して、細かいことを指摘すれば、子供は話すのをいやがるようになってしまうでしょう。一方で、日本人のフランス語学習者は、補語人称代名詞のle をaimer と一緒に初めて使うとき、« Je l’aime bien. »ってよく言います。でも実際はモノを指す場合、« J’aime bien ça. » って言う方が自然です。そう説明するとちょっと驚かれますが。
フレンチブルーム なるほど。ところで、逆に日本語にフランス語が引っぱられることはないんでしょうか。
ひつじ ありますね。大学時代の友人によると、日仏ハーフの彼の子供は、「23時に寝た」を « Je me suis couché à 23 h. »と言わず、« J’ai dormi à 23 h. » と言うようです。また「来週遊ぼうね!」をそのまま « On va jouer la semaine prochaine ! »言ってしまう。« On va s’amuser ! » や« On va rigoler ! » の方が自然です。
フレンチブルーム 日本人の学生に仏作文の問題を出したときも、同じ間違いをよくしますね。英単語表で勉強してきた弊害なのか、遊ぶと jouer は意味的に1対1対応していると思い込んでしまうんですね。
ひつじ それと最近気がついたのは、子供が所有形容詞を使う時期が遅いんですね。例えば「服を着る」場面で…
ひつじ : « C’est la robe de... ? »
ひつじ娘 : « C’est la robe de moi ! »
4~5歳のとき、« C’est la robe de Solaa ! »(※「ソラ」はひつじ娘の名前)ってよく言っていました。代名詞の観点からいうと、3人称(自分の名前を第3者的に使う)から、1人称のmoi が使えるようになったと言えるでしょうか。しかし、まだ « C’est ma robe. » と自然に言えないことが逆に不思議です。先ほどのフランス人の友人によると、彼の息子の場合、6歳からやっと所有形容詞の存在と使い方に気づいたといいます。
フレンチブルーム それは意外ですね。学生の場合、英語の my からの類推で所有形容詞を比較的スムーズに理解できるんでしょうね。my に相当するものがmon, ma, mes と3つあることにちょっとうんざりするみたいですが。
ひつじ 今回の帰省を機に、娘が所有形容詞を習得できることをちょっと期待しています。沖縄では日本語とフランス語が半々ですが、フランスに帰ると、おじいちゃんおばあちゃん、従兄とフランス人の友だちと、毎日フランス語で話すことになります。年に一度、3週間のイマージョン期間なんです。3週間のイマージョンの効果が、娘が4歳くらいから大きくなっているのが実感としてわかります。
フレンチブルーム フランス人の家族や友だちと一緒に過ごすことで、フランスのコミュニティの一員であるという自覚も出てくるわけですね。
ひつじ バイリンガルになる過程には、アイデンティティの問題も大きくかかわってきます。
フレンチブルーム ひつじさんの話を聞いていると、子供をフランス語に馴染ませる環境作りへの意気込みがひしひしと感じられます。しかし日本人の学習者の場合は、そのような環境を自分で作らなければなりませんね。
ひつじ 例えば、大学でフランス語の授業が終わってしまうと、多くの場合、学生のフランス語学習もそこで終わってしまいます。その先に、フランス語学習者としての充実感とアイデンティティを維持していけるような環境をどうやって作り出すかが大事ですね。
フレンチブルーム 最近は大学の授業が終わっても、サイトやSNS を使って学生と交流を続けることができるようになりました。それらの組み合わせがバイリンガルの疑似環境になる可能性があります。授業を受けていたときはあまり興味がなかったけれど、何年か経ってから、突然フランス語がやりた くなったから勉強の仕方を教えて欲しいと連絡をくれる学生もいます。そういうつながりがあるからこそ、気軽にアドバイスができるし、「思い立ったが吉日」になりえるわけです。
ひつじ フランスのニュースを気にかけ、フランスの映画や音楽をチェックしながら、フランス語に関心を持ち続ける、まさにFRENCH BLOOM NET やひつじフランス語教室もそういう場なわけです。この『ふらんす』も読者のコミュニティでもあるわけですよね。
◇初出=『ふらんす』2015年10月号