第16回 音楽でフランス語を日常化する
フレンチブルーム(以下FB):facebookで見ましたが、沖縄で Fête de la musiqueを主催されているんですね。
ひつじ:そうなんです。今年(2016年)で4回目です。La Fête de la musique は1982年以来、6月21日の夜から翌日の朝にかけて世界中で開催されている音楽のお祭りです。フランスで生まれて世界的な大成功を収めたイベントのひとつですね。
FB:Fête de la musique は、同じ発音になる Faites de la musique !でもあるんですよね。ふだん演奏機会が少ないアマチュアの音楽家に演奏する場所と機会を提供するだけでなく、アマチュア、プロを問わず、ほとんどのコンサートが無料です。ところで、ひつじさんはどんな音楽環境で育ったのですか?
ひつじ:子供のときは自分から音楽を聞くことはあまりなかったです。両親がミュージシャンだったので、彼らの影響が大きかったですね。母親は、ミシェル・ベルジェのロックオペラで、フランス・ギャルが参加した「スターマニアStarmania」やステファヌ・エシェStephane Eicherが大好きでした。また、父親はセルジュ・ラマSerge Lama、シャルル・アズナヴールCharles Aznavourを嫌というほど聴いていたので、僕まで好きになりました。
FB:小さいころは、親の影響が絶大ですよね。私の場合は、母親が映画音楽が好きだったので、『太陽がいっぱい』や『男と女』のテーマ曲が記憶の底にずっと流れています。フランス語に関心を持った原因のひとつになったのでしょう。それにしても、ひつじさんのご両親がミュージシャンだったとは!
ひつじ:これには北フランスの独特な文化が関係しています。北フランスの各村にはHarmonieと呼ばれる音楽協会があって、そこに所属する約100名のオーケストラのメンバーは昼間は普通の仕事をしているのですが、夜になると楽器を持って集まり、リハーサルをします。祝日になるとマーチングをしたり(革命記念日の7月14日には各村でパレードdéfilé du 14 juilletが行われます)、コンクールにも出場するし、年に1度大きなコンサートも開催します。ムートン家の男はみんなミュージシャンで、おじいちゃんはサックス、お父さんはチューバ、伯父さんはトランペットを演奏します。親戚には指揮者もいます。そのせいで、子供のころからずっとマーチングに付き合わされたり、色々なコンサートに連れて行かれました。クラシックから有名な映画のテーマソングまで、演奏されるレパートリーは幅広かったです。『ブラス!Les Virtuoses』という映画、見たことがありますか?
FB:もちろん、日本でも話題になりましたよ。
ひつじ:この映画の舞台はイギリスの貧しい地方ですが、僕の地元の状況とよく似ています。僕が子供のとき過ごした村でも、お金と仕事がなくても、「音楽」という絆だけで村の人たちと一体感を感じることができました。
FB:音楽文化が根付いているんですね。それで自分で音楽を聴き始めたのは?
ひつじ:大学生になって初めて自分のためのCDを買いました……Pearl Jam, Green Day, Offspring, The Rolling Stones, The Beatles, Mongol 800...
FB:全部、英語じゃないですか(笑)。モンパチ(Mongol 800)は沖縄出身のグループだし……。
ひつじ:フレンチブルームさんが初めて買ったCDは何ですか?
FB:CDが普及する以前のことです(笑)。私が初めて買ったレコードはミッシェル・ポルナレフとABBAでした。当時、私は中学1年生で外国語部に所属していました。ロシア語やアラビア語をやっている先輩もいたのですが、私のあこがれはフランス語をやっていた先輩でした。その先輩はやたらと女性にモテたからです。しかし、同学年にはキクチ君というライバルがいました。フランス語をやろうと決めたまではよかったのですが、私はフランスのことなどまるで知りませんでした。しかし、キクチ君はフランスでいちばん流行っているというミッシェル・ポルナレフのレコードを持っていたのです。キクチ君は私にJe cherche un jobという歌の歌詞を見せ、「この意味わかるか」と聞いてきました。挑発的な口調でした─Je cherche un job / Pour aller lui acheter sa robe / Je cherche un job / Pour un jour lui enlever sa robe
ひつじ:「僕は仕事を探す。彼女に服を買ってやるために。僕は仕事を探す。いつか彼女の服を脱がせるために……」
FB:「こんなフランス語、簡単さ」と、辞書をひきながら、何とか意味はとれましたが、まだウブだった私には意味する状況がさっぱりわかりませんでした。「せっかく服を買ってあげたのに、なぜそれを脱がせるわけ?」と(笑)。
ひつじ:ポルナレフは今も現役でがんばっていますね。最近、ツアーもやったとか。
FB:「シェリーに口づけTout tout pour ma chérie」を聴かせると、今の学生たちは『ウォーターボーイズ』という映画を思い出すようです。
ひつじ:私はジョルジュ・ブラッサンスGeorges BrassensとルノーRenaudが好きなのですが、授業で使えればいいなあと思いながら、難しい歌詞ばかりです。B1、B2(中級レベル)の授業でしか使えませんね……。
FB:確かに自分の好きな曲と、教材として使える曲って違いますよね。世代ギャップもあるし、好みもわかれるので、選曲が難しいです。とはいえ、音楽が有効な教材であることには疑いの余地はないでしょう。次回、教材としての音楽について詳しく話しましょう。
◇初出=『ふらんす』2016年7月号