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釣馨 + Ghislain MOUTON「Dessine-moi un mouton !」

第11回 映画を通して今のフランスを知る

フレンチブルーム セドリック・クラピッシュ監督の青春3部作の話を続けましょう。今回は完結編『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』です。フランス人とアメリカ人の恋愛観の違いについて、フランス人は恋人と別れたあとも友人として関係を継続するけれど、アメリカ人は別れたらそれで終わりになる、とよく言われますね。

ひつじ アメリカ人の男女関係は基本的にThey lived happily ever after(ふたりは末永く幸せに暮らしましたとさ)で、もし別れてしまったらそこでリセットされます。彼らにとっては形が大事なんですね。アメリカ人男性とフランス人女性のカップルの物語、『パリ 恋人たちの二日間』(ジュリー・デルピー監督)でも、この違いがコミカルに描かれていました。ちなみに、「ふたりは末永く幸せに暮らしましたとさ」はフランス語でIls vécurent heureux pour toujours. です。

フレンチブルーム この見慣れない動詞vécurentはvivreの単純過去形ですね。結婚にせよ、PACSにせよ、くっついたり、別れたりしているうちに、子供もできます。そして子供を連れたふたりが合流するとか、家族関係が複雑になっていきます。今のフランスでは「複合家族 famille recomposée」が当たり前になってきているようですね。

ひつじ あるフランスの社会学者が「家族を作るのは結婚ではなく、子供になりつつある」と言っていますが、子供ができると、子供を中心に生活を組み立てざるを得ない。そして子供は両親のあいだを行き来して生活することになります。2006年の時点で、フランスでは120万人の子供が複合家族のもとで暮らしているそうですよ。

フレンチブルーム 複合家族や変形家族を営むためには、親の方も精神的にタフでなくてはなりませんね。再婚相手の子供を虐待するという事件が日本でよく起きていますが、相手の元夫や元カレと比較されることに、精神的に弱い男は耐えられないわけです。

ひつじ 『ニューヨークの巴里夫』でグザヴィエは子供の問題を話し合うために、ウェンディの新しいアメリカ人の夫に会いに行きますが、英語が下手なゆえに子供扱いされます。「お金持ちだから彼と結婚した訳じゃないのよ」とウェンディは言っていますが、彼女の再婚相手はさらにお金持ちなんです!

フレンチブルーム この屈辱感は想像に難くありません(笑)。でもグザヴィエはへこたれません。ニューヨークで子供と過ごす時間を作るために偽装結婚まで企てます。

ひつじ 今の時代において本当の幸せをつかむ鍵は、男のプライドを捨てることあるんじゃないでしょうか。それは伝統的な家族像が有効だった過去の遺物にすぎないのですから。今はなりふりかまわずに、中身を取りにいく時代になったと言えるでしょう。

フレンチブルーム フランスはこのような傾向を制度的にもフォローしています。ヨーロッパ全体を見ても、1980年代くらいから、家族でなくても、「家族のようなもの」であれば支援しようという政策を始めています。具体的には、婚外子、シングルマザー、同性婚の支援などです。もはやいろんな家族の形を認めざるをえず、個人は与えられた条件の中でそれなりの幸せを実現するしかない。伝統的な家族の形を維持できないとすれば、見かけは違っても、同じような機能を果たすものなら、それを肯定しよう、さらにはそのような集団を積極的にデザインしようという考え方です。

ひつじ 映画の中にはレズビアンのカップルも出てきます。イザベルとジューです。そしてグザヴィエは彼女たちが子供を作るために精子を提供します。『ニューヨークの巴里夫』には、こういう時代の先端を行く家族形態も盛り込まれています。私は昔ダンサーで、ゲイの仲間も多かったので、彼らの雰囲気は嫌いじゃないですが、日本では同性婚の議論はまだまだタブーなのではないでしょうか。

フレンチブルーム 日本でもようやく同性婚が議論されるようになり、東京都渋谷区、世田谷区に続いて、兵庫県宝塚市も同性パートナーシップを認めました。それにしても同性婚 Mariage pour tous(みんなのための結婚)の法案でもめた2012年のデモはすごかったですね。フランスが真っぷたつに割れ、賛成派と反対派が交互に数十万人規模のデモを繰り広げ、議会は議員たちが乱闘寸前になるまで過熱しました。

ひつじ 当時の世論調査では、「同性婚を支持しているが、同性愛者カップルによる養子縁組の権利については反対する」人たちがわずかながら半数を上回っていました。同性婚は認めるけど、養子縁組まではやり過ぎだと。パリに住む左派の先進的な考え方についていけない普通のフランス人もいるわけで、地方ほどカトリック色が強く保守的になりますからね。

フレンチブルーム 『ふらんす』にも書いていらっしゃるジャーナリストKaryn NISHIMURA-POUPÉEさんもツィッターで、フランスの家族制度や働き方を持ち上げる日本の記事をよく見かけるけど、「複合家族なんていいわけがない」とおっしゃっていました。確かに日本に複合家族が蔓延する状況は想像できないですが、伝統的な家族像を押し付けるのも現実的ではないですね。

ひつじ 『ニューヨークの巴里夫』の原題 Casse-tête chinois は「はめ絵遊び」のことです。最初から理想のモデルがあるのではなく、与えられた条件の中でそれぞれが最適な「幸福のピース」を見つけていくことが肝要なのでしょう。

◇初出=『ふらんす』2016年2月号

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著者略歴

  1. 釣馨(つり・かおる)

    神戸大学他非常勤講師。仏文学・比較文学。FRENCH BLOOM NET 主宰。

  2. Ghislain MOUTON(ジスラン・ムートン)

    琉球大学非常勤講師、ひつじフランス語教室代表。

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