白水社のwebマガジン

MENU

釣馨 + Ghislain MOUTON「Dessine-moi un mouton !」

第20回 ムートンさんのリアルなマンガ体験3

フレンチブルーム(以下FB):リール大学の日本学科でムートンさんと一緒に学んでいた友人たちは今どんなことをしているんですか?

ムートン:今日本で生活しているのは5、6人だけですね。いずれも翻訳家か教員になっています。日本に関わる仕事をしているのは一握りですね。恩師に会いに母校へ行くと、今でも就職率が低いことが話題になります。

FB:それは厳しいですね。

ムートン:それでも、日本文化に触れ、マンガやゲームに対して特別な思いを抱いたからこそ、今があるっていう同級生が結構いるんですね。以前フランスでビデオゲーム評論家&ジャーナリストをやっていて、現在日本でマンガの翻訳家をやっている友人が、「15歳のまま22年経った! Ça fait 22 ans que j'ai 15 ans !」という名言を吐いています。

FB:それは本質を突いた表現ですよね。Ça fait…que~(~して…になる)という仏語表現も覚えたいですね。ここで問題になっているのは、まず10代という思春期なんですよね。フランスに『テレラマTélérama』というテレビ週刊誌があって、日本のアニメを執拗に批判してきましたが、そこでアニメと思春期の関係について論じています。

ムートン:セゴレーヌ・ロワイヤルに次ぐ、子供時代の敵(かたき)ですね。

FB:まず『テレラマ』の議論では、子供というカテゴリーを12歳という線でふたつに分けています。これはフランスではコレージュ(中学校)にあがる年齢です。この年齢から子供たちは、adolescent と呼ばれる時期に移行し、子供 enfant から区別されます。adolescent は訳しにくい言葉ですが、「ティーンエイジャー」がいちばんぴったりくるでしょうか。そして、アニメは12歳以下の子供のためのものであり、その場合は何よりも教育的でなければならず、表現も一定の節度を越えてはならない。一方で、12歳以上の子供は十分成長しているのだから、アニメなど幼稚なものを見る必要はないと、彼らは主張していました。

ムートン:12歳以下の子供に対して想定されているのは、『象のババール』のような、小さな子供向けのヨーロッパ産のおとぎ話でした。だけど、そんな作品は12歳を過ぎ、多感な時期を迎えた子供にとって全く面白くないわけです。

FB:人間は、思春期に聴いた音楽は一生聞き続けるというデータがあるようです。神経科学の成果によると、脳の前頭前野は思春期の直前に大きく活動して、アイデンティティを形成しようとする。そのため思春期に受ける文化的な刺激は大きな印象を残すんだそうです。

ムートン:よくわかります。アニメやマンガにも同じことが言えるのかもしれませんね。

FB:『テレラマ』がとりわけ憂慮したのは、思春期の子供たちに対する影響です。その時期は、あくまで大人になる準備段階であり、大人になるための教化、良識ある市民の育成が最優先されます。娯楽に関しては、子供は大人が与えるもので満足すべきであり、彼ら固有の文化など必要ないわけです。

ムートン:だからかつてのフランスの子供たちは早く大人になろうとしました。フランス人の若者が自立心旺盛だったのもそのせいです。フランスの若者は10代の半ばくらいから政治的な問題に関心を持ち、実際に政治活動を始める若者も多いですね。

FB:日本のサブカルの影響がフランスの市民社会を根本から揺るがし、子供たちを別の価値を持った世界に引きずり込むように思えたので、大人たちは過剰に警戒したのでしょう。

ムートン:一方で、オタク文化は若者を子供扱いしないし、全く説教臭くありませんでした。そのうえで思春期の夢やロマンをふくらませることのできる若者文化は他にはなかったんです。

FB:フランスの子供たちは日本のサブカルを通して、多感な時期にふさわしい自分たちの文化を発見したということですね。それは、大人と完全に切り離され、大人を目指して急き立てられる必要のない、子供たちだけの居場所なんですね。それゆえに、モラトリアムを限りなく引き伸ばしたいという危険な欲望にもかられるわけですが。それこそ22年も!

ムートン:確かに、70年代後半と、僕と同世代の80年代前半生まれのフランス人を見ていたら、大人になっても子供時代を断ち切れず、まだマンガを読んだり、ゲームをやったりしている人が多いと思います。それに関して僕は楽観的です。むしろ、マンガやアニメやゲームのおかげで、いい大人になれた人がたくさんいると逆に訴えたい。

FB:もちろん、大人になってもマンガしか読まずゲームばかりしているのは問題ですが、それをコミュニケーションの持ち札として使いこなし、遊び心も知っている懐の深い大人ということですよね。

ムートン:僕は子供のときに、僕のおじいさんが村の友人たちと一緒に酒飲みながらトランプ(beloteという有名な2対2のトランプゲーム)に興じているのを見て、「いいなぁ~!僕も大人になったらああやって楽しみたいなあ!」と思っていました。憧れましたが、それは確固とした大人の文化で、子供はそこに入れなかった。でもアニメやマンガは大人と子供が共有できます。「子供が生まれて初めて一緒に『もののけ姫』が見れて感動した!」とか「一緒にマリオができるようになって楽しい!」と言っている友だちが多いですよ。

FB:友だち親子の出現ですね。私も先日、中2の息子と『シン・ゴジラ』を見に行って、『エヴァンゲリオン』との類似点について語り合いましたよ!

◇初出=『ふらんす』2016年11月号

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 釣馨(つり・かおる)

    神戸大学他非常勤講師。仏文学・比較文学。FRENCH BLOOM NET 主宰。

  2. Ghislain MOUTON(ジスラン・ムートン)

    琉球大学非常勤講師、ひつじフランス語教室代表。

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2024年4月号

ふらんす 2024年4月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

白水社の新刊

中級フランス語 あらわす文法[新装版]

中級フランス語 あらわす文法[新装版]

詳しくはこちら

ランキング

閉じる