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釣馨 + Ghislain MOUTON「Dessine-moi un mouton !」

第13回 フランス語の新しい綴り

フレンチブルーム(以下FB):フランス語の綴り改革がちょっとした騒ぎになっていますね。『ふらんす』でも2014年4月号からミシェル・サガスさんと常盤僚子さんが連載「新しいつづりを知っていますか?」で紹介されていました。1990年にすでに始まっていたはずですが?

ひつじ:はい。1990年にアカデミー・フランセーズによって承認されていたのですが、ほとんど適用されてこなかったのです。2008年からは学校教育の枠組みでこの見直しを参照することになっていたのですが、次の2016年の新学期から学校の教科書に採用されることが決まったのです。

FB:それに対する賛否両論が渦巻いているわけですね。どのくらいの単語が対象になっているのですか?

ひつじ:全部で2400の単語、フランス語の語彙の約4パーセントです。

FB:例えばプルーストの全集なども改訂されることになるんですか?

ひつじ:綴りの修正は、あくまで学校図書だけに限定されます。それを決めたのは教科書出版社なんです。来学期から配布される教科書の新しい綴りには、先生や親がびっくりしないように「新しい綴りマーク」がつくそうですよ。

FB:どうして新しい綴りを実際に適用するのに、こんなに長い時間がかかったのですか?

ひつじ:もちろんアカデミー・フランセーズの勧告は1990年から有効だったのですが、新しい綴りの使用は義務ではなかったので、それほど問題視されてきませんでした。その結果2種類の綴りが流通し、教師も公務員もどちらを使っても良いという状況が続いています。過去に出版された教科書の中にはすでに新しい綴りを組み込んできたものもあります。

FB:今回の改正に対して、担当の大臣は何と言っているのですか?

ひつじ:来学期からの新しい綴りの採用は教育省とは何の関係もない、出版社によって決定されたものだ、とはっきり言ってます。さらにアカデミー・フランセーズも出版社の決定を受けたインタビューで、アカデミーは今回の騒ぎには関係ないと発言しています

FB:アカデミー・フランセーズはどのような方針で綴り改革を進めているのですか?

ひつじ:修正はフランス語の進化に沿ったもので、生徒たちが綴りを覚えやすいようにというのが改革の主旨です。何よりも重要なのは一貫性ということですね。

FB:今回はとくにアクサン・シルコンフレクス、いわゆるchapeau が槍玉にあがっていますね。これはフランス語が進化する過程で消えたsの名残で、いわばフランス語の歴史の証人的な記号です。

ひつじ:とくにアクサン・シルコンフレクスが注目の対象になったのは、一貫性のない恣意的な使い方が、フランス語の綴りを覚える上で大きな障害になっていると思われているからです。同族の単語の中にgrâce / gracieux, jeûner / déjeuner, icône / iconoclasteあるいは発音の点でbateau / château, clone / aumôneと一貫性のない使い方が見られますね。あるネットユーザーたちは、大学の教授たちがアクサン・シルコンフレクスが完全に消えると誤解したことに抗議して、ハッシュタグ#JeSuisCirconflexe をツイッターに投下しました。シャルリ・エブド事件の#JesuisCharlie にちなんだものです。ツイッターで誰かが、Je vais me faire un petit jeûne.(私は少し断食をするつもり)とJe vais me faire un petit jeune.(私は少し若返るつもり。本来の意味はもう少しストレート)の意味の違いがわからなくなると訴えていましたが、このケースも今回の改革と関係はありませんね(笑)

FB:フランス語を改革するというと、フランス語が貧弱になり、低いレベルに合わせた均質化が起こると主張する人がよくいます。

ひつじ:私も時代に合わせた改正や適応が必要だと思っています。文法や動詞活用の改正(例えばdes belles maisonsでもOKのような)は賛成ですが、綴りに関しては慎重です。話し言葉が変わっていくのは、ある程度仕方がないのですが、書き言葉と表記法は守るべきだと思います。

FB:従来の綴りも修正された綴りも両方OKと言いながら、新しい教科書には修正された綴りを載せるダブルスタンダードが問題のようですね。

ひつじ:私もそれは良くないと思います。両方OKと言うなら、せめて教科書をこのままにして欲しい。「単純化」を無理やりに押し付けるのではなく、本当の意味での「選択」を与えてほしいからです。7歳から毎日使う教科書だからこそ、最初からお手本としてognonやil connaitが載っているのであれば、子どもは簡単なほうだけを覚えてしまうことになるでしょう。

FB:ふたつの綴りを残してしまうと、人を雇用する際などに、その人のフランス語の綴りがチェックされ、差別化の基準として使われる危惧もありますね。昔ラテン語を知っている人がエリートだったように、オーソドックスな綴りを書けることがエリートの基準になることもありえます。

ひつじ:統一された表記法はフランス人としてのアイデンティティの基盤になりますが、統計によると、そもそもフランス人の45パーセントしかフランス語の綴りをきちんと覚えていないというデータもあります。アカデミー・フランセーズも、問題はアクサン・シルコンフレクスをやめるかやめないかでなく、5人に1人の生徒がフランス語を読めないまま卒業している現状を鑑みて、教育システム全体を見直すことが肝要だと言っていますね。

◇初出=『ふらんす』2016年4月号

>関連商品:『フランス語新つづり字ハンドブック』ミシェル・サガズ、常盤僚子 著

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著者略歴

  1. 釣馨(つり・かおる)

    神戸大学他非常勤講師。仏文学・比較文学。FRENCH BLOOM NET 主宰。

  2. Ghislain MOUTON(ジスラン・ムートン)

    琉球大学非常勤講師、ひつじフランス語教室代表。

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