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釣馨 + Ghislain MOUTON「Dessine-moi un mouton !」

第6回 子供に学ぶ仏語学習のヒント(2)

フレンチブルーム ムートンさんと奥様はお子さんたちに何語で話しかけているのでしょうか?

ひつじ 僕は80%フランス語(20% 日本語)、うちのマダムは95% 日本語(5%フランス語)で話しかけています。うちがうまくいっているのは、「お母さんがストレスを感じることなく、日常的なフランス語が聞き取れ、理解できる」というところだと思います。フランス語で書いたり、難しい話はできなくても、ストレスのかからない父と母と子の関係を維持するにはちょうどいいレベルです。ちなみにこれはCEFR(ヨーロッパの共通参照レベル)のB1に当たる能力です。

フレンチブルーム 確かに、夫や妻が自分の理解できない言葉を子供にしゃべっている状況は不安になりますよね。

ひつじ 実際に日仏カップルでよく起こることなのですが、日本人の母親がフランス語をあまり理解できない場合、父親が子供に向かってフランス語でしゃべっていたら、母親にとって大きなストレスになることが多いようです。それで、フランス人(フランス語母語話者)の父親は日本語、あるいは英語で子供と話すことになるんです。

フレンチブルーム ムートンさんと奥様は何語で話しているのでしょうか?

ひつじ 二人だけの時は、基本的に日本語(関西弁)です。彼女が怒っているときは日本語(さらに強い感じの関西弁)、僕が怒るときはフランス語で話しますが、自然と北弁(出身のリールの方言)になりますね(笑)。

フレンチブルーム 北弁と言えば、ダニー・ブーン監督の映画Bienvenue chez les ch’tis がフランスで2008年に大ヒットしました。南フランス出身の郵便局長が北フランスの町ベルグに2年間住むことになるという話ですが、リアルな北弁を聴きくことができました。s[s]の音が ch[∫] になったり(「sien =彼・彼女のもの」が「chien=犬」になる)、ch の音がk[k]の音になる(「chien =犬」はkien と発音される)ことを知りました。あと文末に « hein !? » をつけるとか…。

ひつじ そうですね。« hein !? » は口を横に大きく開いて「ハン!?」と発音します。強調する使い方で、« C’est beau hein !? »(きれいよね!?)、« Attention papa hein !? »(気をつけてねパパ!)、« Je suis belle hein !? »(私、きれいでしょ!)など、私の娘も3歳のときから使っています。誰にも教えてもらっていないのに、ネイティヴ並みに使いこなします。

フレンチブルーム バイリンガルの環境で育つ子供はモノリンガルの子供より話し始めるのが3カ月程度遅いと言われますね。バイリンガル環境で育つ子供はモノリンガルの環境よりボキャブラリーの蓄積に時間がかかるからです。一方で、ひとつの事物について2つの単語を学ぶことになるので、ボキャブラリーが増幅していきます。さらにフランス語の方言にまできちんと適応していくわけですね。

ひつじ びっくりするほどの適応力です。Bienvenue chez les ch’tisでも有名になったのですが、北弁では、「アホ」のことを« babache »と言います。私が娘に対して彼女が小さいころからよく使ってきたので、彼女もよく使うようになりました。今では « Arrête de faire la babache ! » (アホなことをするのやめて !)と言ったら、 « Non, c’est toi le babache ! »(アホはお前だ !)と返されます(笑)。

フレンチブルーム さすが、ひつじさんの娘さん、手強いですね。

ひつじ ちょっと汚い言葉を紹介すると、北弁で「うんち」のことを « brin »と言います。この語から生まれた表現がいくつかあって、« C’est le brin dans ta chambre ! »(部屋が片付いていないよ!)、« Range ton brin ! » (部屋を片付けてね!) を娘に対してよく使います。

フレンチブルーム 言葉は人間の力関係にも影響します。最近見たセドリック・クラピッシュ監督の『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』で、主人公のグザヴィエが元妻ウェンディの再婚相手(アメリカ人)に、「英語がうまくないとわかると、いきなり子ども扱いされる」シーンがあって、笑ってしまいました。日本人が外国人に対して味わう屈辱感を、フランス人も英語話者に対して味わっているんだなと。

ひつじ 相手が元妻の再婚相手だとさらに屈辱感は大きいでしょうね。外国人に子供扱いされないように、言語習得においては初心というより、「子供に帰る」ことが必要ですね。

フレンチブルーム 確かに、大人になってしまうと、外国語を話すときに間違うことが恥ずかしいと思ってしまいますね。日本人は特に人の目を気にしすぎる傾向があります。

ひつじ きちんと話せるようになるまで絶対にしゃべらないという子供なんていませんよね。動詞の活用や前置詞が多少間違っていようと、聞いている方はあまりそれを問題にしていません。相手が何を言おうとしているか、それだけに意識を集中させているものです。

フレンチブルーム 言葉の習得は間違って修正してナンボですから、たくさん間違えることで伸びる能力です。子供の態度から学ぶことって意外に多いですね。

◇初出=『ふらんす』2015年9月号

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著者略歴

  1. 釣馨(つり・かおる)

    神戸大学他非常勤講師。仏文学・比較文学。FRENCH BLOOM NET 主宰。

  2. Ghislain MOUTON(ジスラン・ムートン)

    琉球大学非常勤講師、ひつじフランス語教室代表。

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