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今井敬子「レオナール・フジタ〈小さな職人たち〉」

第16回 《額縁職人》

ふらんす2018年7月号表紙絵
レオナール・フジタ
《額縁職人》
1959年頃
ポーラ美術館蔵

 絵画のみならず、レオナール・フジタ(藤田嗣治1886-1968)は額縁も自作することがあった。絵画制作だけでも膨大な時間を費やしたが、フジタの手と創作意欲は止まらない。道具を絵筆からノミや彫刻刀に持ち替えて、額縁職人としての技の一端を本作品で披露している。絵画の額とは本来、作品の保護と装飾の二つの役割を担う。頑丈かつ精緻で美しくなければならず、指物師や彫刻家の仕事に類する肉体労働である。

 絵の中の額縁職人は、作業台の上に額を固定金具で押さえ込み、フジタ好みの簡素な模様を刻んでいる。彼自身が実践し精通したこの職人仕事への愛着が、今月号の表紙絵《額縁職人》の主題である。額縁作りの要(かなめ)は、木を接合して角を組む工程にある。角度をつけて木材を切断する、いわゆる「留め切り」に真剣な眼差しで挑むフジタの写真が、1941年に写真家の土門拳(1909-1990)により撮影されている。

 若き土門拳が、雑誌『画論』の取材のために千代田区麴町のフジタのアトリエを訪れた際に、50代半ばの画家は、それまで公にすることを避けてきた絵画制作の詳細のほか、額縁作り、裁縫など、さまざまな手仕事の現場を撮らせている。土門の写真のなかで、額縁作りに取り組むフジタは、アトリエの中心にある暖炉の前に坐り、留め切り用の鋸(のこぎり)を引き、切り口を慎重に確認する。暖炉の上に掲げられるのは、同じくフジタの手製の鏡の額である。1940年に日本に帰国したフジタは、おそらく適当な額縁が手に入らず、日本の大工の職人技に触発されて、額縁作りも手掛けるようになったと推察される。この家のアトリエには木材が大量に備蓄され、フジタは絵画制作の合間に木工作業に勤しんだ。

 アトリエのシンボルであった鏡の額は、フジタにとって思い出深い品となる。八角形の額には、ひし形の縁飾りが彫刻され、ブリキ缶から金属片を切り出して加工されたハート型、天使、鍵、山高帽などの16枚のシンボリックなモティーフが打ち付けられた。麴町のアトリエは1945年4月の空爆で焼失してしまったが、この額は疎開により難を逃れ、戦後はフジタとともにパリへ渡った。

 〈小さな職人たち〉の主題となったさまざまな仕事を見渡すと、それらは庶民による、庶民の生活のための、素朴なものづくりとしがない稼業に限定されていることに気づく。本作品の額縁職人が専門とするのは、王侯貴族やブルジョワのための金箔張りのデコレーション付きの額縁ではない。フランスの伝統的な「額縁職人encadreur」の仕事は、そもそも木工、彫刻、下地作り、磨き、着色、「金箔職人doreur」の仕事など複数の工程を含む、高度な職人技が求められる。されども〈小さな職人たち〉には、一級品の扱いや百科全書に収録される類の高等技術が描写されることはない。フジタ自身がアマチュアとしていくつかの職人仕事に取り組んだ実体験が、そのまま反映されているからである。

 八角形の鏡の額は制作から10年を経て、フジタがパリで描いた絵画《姉妹》(1950年、ポーラ美術館蔵)に中身が入れ替えられて現在に至る。《姉妹》はベッドの中でクロワッサンとカフェオレで朝食をとる二人の少女を、繊細な線描と柔らかな色彩で表現した優品である。なめらかな絵画のマティエールを、素朴な味わいの木の額が引き立て、鏡写しのように相似形をなす二人の子どもが、この額にかつて鏡が入れられていた過去を深層に秘めて、謎めいた二つの顔を並べる。

 絵と額が一体となった《姉妹》のように、絵画と装飾の掛け合わされた複合的な作品には、画家であり、職人でもあろうとするフジタ自身の多面性が露(あらわ)になる。シリーズ〈小さな職人たち〉は、フジタの分身ともいえる子どもたちの百変化がユーモラスに繰り広げられる、画家が多面性を追究した最たる作品群である。フジタには幾つもの顔があり、研鑽を怠らず自ら培った多彩な技と主題を次々と繰り出して、人々に驚きを与えてきた。この多面性こそが、フジタが人々を魅了してやまない理由である。歿後50年を記念して、本年各地で開催される回顧展では、私たちは必ずや「知られざるフジタ」の姿を発見することだろう。

 土門拳は、フジタの手のひらをクローズアップで撮影した。雑誌の特集号の冒頭に、肖像写真ではなく手の写真を選び、「まずこの手を見よ」とある。フジタの人間像に迫った写真家は、手のひらに揺るがぬ彼の実像を捉えたのであった。

◇初出=『ふらんす』2018年7月号

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著者略歴

  1. 今井敬子(いまい・けいこ)

    ポーラ美術館学芸課長

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