第7回 にんじんしりしりー/島袋盛世
「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、今回は島袋盛世さんが沖縄語と日本語の、似て非なる語を紹介します。
今回は「にんじんしりしりー」という表現から沖縄語の特徴を見ていこう。テレビのコマーシャルで取り上げられたこともあるので、ご存知の方も多いと思うが、「にんじんしりしりー」とは「下ろし金ですりおろした人参を炒めたもの」という意味がそのまま料理名になった比較的新しい沖縄の料理である。「にんじん」(人参)と「しりしりー」(下ろし金ですりおろすさま)という二つの語から成る複合語だ。
ちなみに、「しりしりー」という語はここでは「下ろし金ですりおろすさま」の意味であるが、それ以外の意味もある。そのひとつに「寝起きに目を擦っているさま」がある。例えば、朝起きてまだ目が覚めない状態で目を擦っている様子をあらわす際に、「みー しりしりー そーん」(目を擦っている)などという。「みー」は「目」、「そーん」は「している」の意。また、体やお尻を軽く動かし他人や物に擦り付ける様子をあらわす際にも使われる。
話題を料理名に戻して話を続けよう。沖縄には「にんじんしりしりー」以外にもよく知られている料理がいくつかある。その中でも「ごーやーちゃんぷるー」は最も知名度が高い庶民の料理のひとつだろう。「ごーやー」は「ニガウリ」の意味で「ちゃんぷるー」は「油で炒めたもの」または「ごっちゃ混ぜにする」という意味で使われる。
これら二つはどちらも料理名ではあるが、構成している個々の語をあらためて見てみると、二つには大きな違いがあることに気づく。「ごーやーちゃんぷるー」は全て沖縄語から成るが、「にんじんしりしりー」は日本語の「人参」と沖縄語の「しりしりー」で構成されている。沖縄語に「人参」という語はないのだろうか?沖縄語にも「人参」をあらわす語はあり、人参自体もあるが、沖縄の人参はオレンジ色ではなく、黄色い。この黄色い人参は沖縄語で「ちでーくに」という。「ち」は「ちーるー」(黄色い)の語頭の「ち」、「でーくに」は「大根」という意味だ。直訳すると「黄色い大根」となる。
「にんじんしりしりー」の「にんじん」は日本語の「人参」だが、実は沖縄語には「にんじん」と発音する語も存在する。沖縄語で「にんじん」といえば「人間」という意味である。例えば、「にんじん んでぃ言いしぇー...」(人間というのは...)などと使う。「んでぃ言いしぇー」は「〜と言うのは」という意味だ。この「にんじん」の例のように母音や子音など個々の音は日本語とほぼ同じだが、日本語とは意味が異なる語は少なくない。下にいくつか例をあげよう。
日本語 沖縄語
ちち 「父」 「月」
しきん 「資金/至近」 「世間」
したい 「死体」 「よくやった/でかした」
じったい 「実態」 「ぬかるみ」
しぶい 「渋い」 「冬瓜」
ちじ 「知事」 「悪いこと/劣ること/粒/頂上」
にーさん 「兄さん」 「(速度が)遅い」
語を構成する個々の音声に違いがなくても、日本語と沖縄語では語のアクセントが異なるので、これらの語が「全く同じ」ように発音されるわけではないが、比べてみると興味深い。アクセントとは語を発音する際のピッチの高低のことで、簡単に言えば、語のメロディーのようなものである。アクセントについては、このシリーズの第1回「「ジューシー」はjuicy?―沖縄のことばとカタカナ表記」でも取り上げたので参照していただければと思う。
今回のテーマには「しりしりー」というオノマトペが含まれていたが、次回も巷でよく耳にする「わじわじー」というオノマトペに焦点をあてて、沖縄語の特徴をみていきたい。連続ドラマ「ちむどんどん」でも主人公が「わじわじーする!」というふうに使っているが、さてこの表現にはどのような背景があるのだろう。