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「あまはい、くまはい、いちむどぅい 沖縄で考えることばのいろいろ」島袋盛世・兼本円・髙良宣孝

第15回 ウチナー・イングリッシュの発音(1):母音編/髙良宣孝

「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、髙良宣孝の第5回は、ウチナー・イングリッシュならではの発音を、カタカナ英語との比較から考えていきます。

 これまでは主にウチナー・イングリッシュの語彙表現について見てきたが、ウチナー・イングリッシュには、一般的なカタカナ英語の発音とは異なるいくつかの興味深い音声的特徴も見られる。今回と次回は、「ウチナー・イングリッシュの発音」に着目する。まずはウチナー・イングリッシュに見られる2つの特徴的な「母音」について、具体例を示しながら説明し、その発音が起こる理由について考えていく。本来であれば音声記号を用いてより正確な説明が求められるかもしれないが、音声記号に慣れていない読者でも理解しやすいように、カタカナ表記で説明する。その際、語彙は「 」に入れ、具体的な発音は【 】に入れて表記する。1
 最初の例は「コーヒーシャープ」(coffee shop)である。一般的なカタカナ英語であれば「コーヒーショップ」となるはずだ。注目すべきは両者の母音の発音の違いで、カタカナ英語の【オ】がウチナー・イングリッシュでは【アー】と発音されているのだ。両者の違いを説明するには、第二次大戦後、沖縄に駐留した米軍兵の話すアメリカ英語を無視することはできない。英単語のshopは、イギリス英語では【ショップ】、アメリカ英語では【シャップ】/【シャープ】と発音される。両者の母音を比較すると、イギリス英語の【オ】がアメリカ英語では【ア】/【アー】と発音されている。当時の沖縄の人々は、基地内外で米軍兵と交流し彼らの話すアメリカ英語に触れる機会が多々あった。その状況下で米軍兵の話すアメリカ英語の発音を真似てshopを【シャープ】と発音したであろうことは十分推測できる。因みに上記で挙げた短母音と長母音の2種類のアメリカ英語の発音だが、実際にオンライン辞書の音声を聞いて確認してみると、話者によって違いがあり、個人的には「短母音~やや長めの短母音」という印象を受けた。恐らくは、この「やや長めの短母音」を日本語の長短の区別にあてはめて、長母音を含む「シャープ」と発音したのではないか、と推測している。
 次の例は、「沖縄ボールト」と「ファミリーフォート」の2語である。これらはいずれも会社名で、「沖縄ボールト」はネジを扱う会社、「ファミリーフォート」はフィルム現像や焼増しを扱っている会社である。因みに「ボールト」はbolt【ボゥルト】に、「フォート」はphoto【フォゥトゥ】に対応し、一般的なカタカナ英語ではそれぞれ「ボルト」と「フォト」と表記される。ここで英語、カタカナ英語、ウチナー・イングリッシュとの比較で明らかになるのが英語の二重母音の発音の変化である。つまり、二重母音【オゥ】がカタカナ英語では「単母音化」し、ウチナー・イングリッシュでは「単母音化+長母音化」している。
 この「英語の二重母音の単母音化」及び「英語の二重母音の単母音化+長母音化」は様々な国や地域で話されている英語(複数形でWorld Englishesと言われる)でよく見られる現象である。例えば西アフリカの国々で話されている英語では、二重母音【エィ】と【オゥ】は単母音化され【エ】と【オ】となる。またシンガポール英語(=シングリッシュ)では【エィ】と【オゥ】が【エー】と【オ―】となり、face(【フェィス】)とso(【ソゥ】)が【フェース】と【ソー】と発音される。日本語では、上記の例のように「単母音化」のみならずflame【フレィム】が「フレーム」、rope【ロゥプ】が「ロープ」と「単母音化+長母音化」のパターンも見られる。ウチナー・イングリッシュの「ボールト」と「フォート」もこの「英語の単母音化+長母音化」の例と考えてよいだろう。
 ここで2つの疑問が残る。1つ目は何故「フォート」では初めの二重母音だけが「長音化」しているのか、という点である。英語では【フォゥトゥ】とどちらの母音も二重母音である。しかしそれぞれの母音がある音節を比較すると、第1音節には強勢があり、第2音節には強勢がない。このことから考えられるのは、強勢のある第1音節では二重母音が「単母音化+長母音化」され、強勢のない第2音節では「単母音化」で終わっているということである。
 2つ目は、カタカナ英語とウチナー・イングリッシュとの違いである。カタカナ英語では「ボールト」や「フォート」とは言わないのだろうか。『カタカナ外来語略語辞典第5版』(堀内克明監修、自由国民社、2013年)でboltを調べてみると、実は「ボールト」と「ボルト」両方が掲載されているが、意味が異なっている。「ボールト」は「鉄棒を使って両端をしめつける金具。かんぬき。」とあり、「ボルト」は「雄ネジ。ナットと組んでしめつける働きをする。」と掲載されている。発音を変えることで意味の区別をしているようだ。これはvaultにも言えるようで、同書では「ボールト」を「丸天井。丸屋根。地下金庫室。」、「ボルト」を「電圧(電位差)の単位。(以下省略)」としている。では、「フォート」はどうか。同書には「フォト」のみが掲載されている。しかし、インターネットで検索していると、茨城県水戸市に遺影に用いる写真画像の修正や加工・販売を行なっている「有限会社ファミリーフォート」という会社が存在している。その点ではカタカナ英語にも「フォート」という発音は存在していると言えるかもしれない。
 今回はウチナー・イングリッシュの母音に着目して2種類の特徴的な母音について説明した。次回はウチナー・イングリッシュの子音について説明する。

1 二重母音を表す場合は、小文字のィとゥを利用し、【エィ】や【オゥ】のように示す。

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著者略歴

  1. 髙良宣孝(たから・のぶたか)

    琉球大学准教授。琉球大学卒、同大学で修士号、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で博士号取得。専門はコミュニケーション学、特に談話研究と世界諸英語を中心に研究を行なっている。

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