第10回 わじわじーする!/島袋盛世
「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、島袋盛世さんの第4回です。前回は「しりしりー」でしたが、今回は「わじわじー」。日本語では聞きなれない音ですが、実は意外と共通点がありました。
今回は沖縄でよく使われている「わじわじー」という語に焦点をあてて話を進めていこう。今年話題になったNHKのドラマ「ちむどんどん」でも主人公が「わじわじーする!」などと使っているが、視聴者へきちんと意味が伝わっているか気になるところである。
「わじわじー」は腹立たしい感情を表す語で、「わじわじーする」は「腹が立つ」の意味だ。「わじわじー」は沖縄語、文末の「する」は日本語で、沖縄語と日本語を組み合わせた表現である。沖縄語では「わじわじーすん」という。「すん」は「する」の意。ドラマの舞台である山原(やんばる)でも同様に使われる。
この「わじわじー」という語は沖縄本島や近隣の島々でよく使われている。この語は「わじーん」(腹を立てる)や「わじたん」(腹がたった)などのように動詞としても使われる。
また、沖縄語が話される沖縄本島の中南部や国頭(くにがみ)語が話される北部地域以外に、鹿児島県の与論島でも使われている。与論島は沖縄本島から北方に約20キロの位置にあり、そこで話されていることばも国頭語に分類される。
一方、この「わじわじー」という語は、沖縄本島の南西の海に浮ぶ宮古諸島や八重山諸島、そして与那国島のことばには存在しないようである。これらの島々で「わじわじー」という表現を聞く場合もあるが、もともとあった語ではなく沖縄本島などから入ってきたのだろうと考えられている。
実は「わじわじー」という語は日本語の古語の「わぢわぢ」と同源であると言われている。古語辞典で「わぢわぢ」(または「わじわじ」)を引いて見ると、「恐ろしさや寒さ、または怒りで震えるさま」と記されており、また「わなわな、ぶるぶる、がたがた」などの意と説明している辞書も見られる。いつ頃使われていたかというと、室町時代前期から江戸時代の文献に多くみられるようだ。
「わじわじー」が日本語に古くからある表現だということも驚きだが、さらに興味深いのは、現在この古語由来の語が使われているのは上述した地域だけではなく、沖縄から遠く離れた青森県でも同源の語が使われていることだ。
青森県には「わしわし」という語がある。『日本方言大辞典』や『現代日本語大辞典』などによると、「わしわし」は「寒がっているさま」とある。青森の方言の音声の特徴から、「わぢわぢ」が変化をして現在の「わしわし」になったと考えられる。
では、どうして青森と沖縄の地域に古語の「わぢわぢ」と同源の語が使われているのだろうか。ことばの変化は池に石を落としたときにできる円状の波のように中央からその外側へと人々や言語の接触をかいし徐々に広がっていくと考えられている。この伝播の仕方の特徴をもとに、考えられる仮説は、「わぢわぢ」という語は室町時代前期から江戸時代に浄瑠璃や浮世草子などで頻繁に使われ始め、人々の間で広く知られ使われるようになった。それが日本列島の北と南へ徐々に伝わり、北は青森まで、南は沖縄本島まで伝わった。しかし、それ以南の南西諸島の島々へは伝播の波は達しなかったということである。
以前は日本の広い地域で「わぢわぢ」と同源の語は使われていたが、多くの地域では次第に使われなくなり衰退していったのだろう。
人の移動が容易になった現代では、人や文化及び言語の接触も頻繁に起こっており、さらに、インターネットや映画、及び小説や漫画などの影響でよく耳にする状況になると、「わじわじー」という表現もより広い地域へ伝播していく可能性が無いわけではない。今後の状況に注目したい。
この連載でこれまで沖縄語の特徴についてみてきた。次回は沖縄本島から一番遠く離れた与那国島のことばをみてみよう。沖縄本島より台湾に近いこの島のことばは沖縄語や日本語とどう違うのだろうか。