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「あまはい、くまはい、いちむどぅい 沖縄で考えることばのいろいろ」島袋盛世・兼本円・髙良宣孝

第6回 沖縄の「出川イングリッシュ」(2) /髙良宣孝

「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、今回は髙良宣孝さんが前回に続き、ウチナー・イングリッシュの例を紹介します。

 前回の記事では「沖縄の『出川イングリッシュ』(1)」というタイトルで、「エアー・グッバイ(air good-bye)」というピジン英語の要素が見られる「ウチナー・イングリッシュ」について紹介した。今回は「沖縄の『出川イングリッシュ』(2)」と題して、筆者の父から聞いた「ウチナー・イングリッシュ」を紹介する。
 今回紹介する「ウチナー・イングリッシュ」は「チキン・セイ・ミー・カモーン」である。これは父が戦後直接この表現を作った方(仮にA氏とする)に教えてもらった「ウチナー・イングリッシュ」とのことである。今回のこの英文形式の「ウチナー・イングリッシュ」はどのような場面で発せられたのだろうか。
 A氏は筆者の地元でもある沖縄県那覇市具志の出身で、明治生まれの男性である。第2次世界大戦後、A氏は現在の那覇市赤嶺辺りにあった米軍基地内のレストランで皿洗いの仕事をしていた。その日の出勤は早番で夜明け前に職場へと歩いて向かった。基地の第二ゲート前(現在その近くに「第二ゲート」というバス停があるが、このバス停の名前の由来こそがこの「米軍第二ゲート」である1)まで行くと、MP(=Military police(憲兵)の略。米軍基地内での米軍人・軍属らの事件、事故の調査、風紀違反の取り締まりが本来の任務だが、米軍統治時代は、民間地域で警察活動も行っていた。2)が警備をして、基地に入る為に必要なパスを確認していた。A氏もパスを見せて基地に入ろうとするが、夜明け前の為MPは「まだ暗いので待て」と言ってなかなか許可してくれなかった。英語を十分に話すことが出来ないA氏は、知っている限りの英語で早番出勤だと伝えようとするがなかなか伝わらない。そこで最後に思いついたのが「チキン・セイ・ミー・カモーン」である。A氏は、知っている英語の語句を用いて英文を作り、「『ニワトリ(=チキン)』が『私(ミー)』に『来い(カモーン)』と『言った(セイ)』から来たんだ」とMPに説明しようとしたわけだ。実際のところ、この英文だけではMPには伝わらなかった為、A氏は腕をパタパタさせて鶏の真似を付け加えて相手に理解してもらい、ゲートを通過することが出来た、ということだった。
 この英文には、ピジン英語の要素が3点見られる。1点目は可算名詞の扱いである。この英文の主語は「チキン(chicken)」で、鳥の「ニワトリ」としては可算名詞となる(因みに、食用の「鶏肉」という意味では不可算名詞である)。従って、ニワトリが1羽であれば不定冠詞の“a”が必要となり、2羽以上であれば複数形の“chickens”にしなければならない。しかし、実際にA氏は“chicken”と発言しており、冠詞の使用や単数形・複数形の区別は見られない。因みにだが、“chicken”という単語は雌雄の区別をしておらず、雄鶏なら“rooster”(イギリスでは主に“cock”となる)、雌鶏なら“hen”となる。そして朝鳴くニワトリは雄鶏だけなので、より正確に言うのであれば、“chicken”ではなく“rooster”となる。2点目は動詞「セイ(say)」の活用についてである。発話の内容から「ニワトリが鳴いた」と過去の話と考えられるが、A氏の英文では動詞が原形のままで活用していない。3点目は前置詞の省略である。動詞“say”は目的語として「人」を取ることができない為、「私に言った」とする場合“said me”ではなく“said to me”と前置詞“to”が必要となる。しかしA氏の発話ではこの前置詞も省略されている。上記で説明した通り、A氏の英文には(i)「冠詞の不使用と名詞の数の未区別」、(ii)「動詞の不活用」、(iii)「前置詞の省略」の3つの特徴が含まれている。このA氏の英文は、単に「文法的に間違った英文」と捉えるのではなく、英語の複雑な文法が簡略化されたピジン英語の特徴が現れた発話と捉えることが出来るだろう。
 前回・今回と見てきた「ウチナー・イングリッシュ」は、標準的な英語とは異なる表現や文法を用いている。恐らくこれらの「ウチナー・イングリッシュ」を単独で使用しても英語話者には簡単には通じないだろう。しかし、特定の状況下(「パンクしている車の前」や「早朝」)で非言語(「タイヤを指差す」や「腕をパタパタさせる」)と組み合わせて発話することで相手に伝えることが可能となる。まさに「出川イングリッシュ」である。
 日本人の多くは「完璧な」英語を追求しすぎるあまり、なかなか英語が話せないと指摘されてきた。勿論「標準的な英語」を学び使用することは大切だが、「出川イングリッシュ」や「ウチナー・イングリッシュ」のように、相手とのコミュニケーションを深めることを第一に考え、非言語も駆使しながらコミュニケーションを図る「積極的な姿勢」も重要ではないだろうか。もし自分の英語に自信を持てない人がいたら、是非「ウチナー・イングリッシュ」を思い出してほしい。

1 うるくローカルプレス 「高良(赤嶺)に『米軍基地ゲート(第2ゲート)』があったってよ~」(https://uruku.daikyo-k.net/dai2gate/)(2022年6月1日参照)
2 琉球新報デジタル 「MP(えむぴー)」(https://ryukyushimpo.jp/okinawa-dic/prentry-40471.html)(2022年6月19日参照)

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著者略歴

  1. 髙良宣孝(たから・のぶたか)

    琉球大学准教授。琉球大学卒、同大学で修士号、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で博士号取得。専門はコミュニケーション学、特に談話研究と世界諸英語を中心に研究を行なっている。

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