第4回 「ちむどんどん」?/島袋盛世
「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、今回は島袋盛世さんが沖縄語と日本語の発音のちがいを紹介します。題材はいま話題のあのドラマのタイトルですが…。
沖縄語は日本語と親族のような関係にある。そのため、同源の語彙が多い。例えば、「花」は沖縄語でも「はな」、「口」も「くち」、「耳」も「みみ」。同源語は必ずしも同じ語形ではなく、母音や子音に多少のちがいがみられる語もある。例えば、「あみ」(雨)、「くむ」(雲)、「てぃー」(手)などは語末の母音に違いがある。以下のように並べてみると違いがわかりやすい。
「雨」 「雲」 「手」
日本語 あめ (ame) くも (kumo) て (te)
沖縄語 あみ (ami) くむ (kumu) てぃー (tii)
日本語では e である母音が沖縄語では i、日本語で o の母音が沖縄語では u である。沖縄語のエ段とオ段の母音はそれぞれイ段とウ段の母音へ変化した。つまり、e → i と o → u の変化が起こったということだ。
変化は母音だけではなく子音にも起こっている。子音に多少の違いがあるものに、「ちー」(気)、「いち」(息)、「ひじゃい」(左)などがあるが、母音が異なる場合と比べ、子音が異なると日本語と同源の語が何なのかわかりづらく感じる。下に整理して比べてみよう。
「気」 「息」 「左」
日本語 き (ki) いき (iki) ひだり (hidari)
沖縄語 ちー (chii) いち (ichi) ひじゃい (hijai)
日本語の子音 k に対して沖縄語では ch、また日本語の d に対して沖縄語では j である。これらの子音の直前、または直後に母音 i があることに気が付いただろうか。沖縄語では母音 i は直前や直後の子音に変化をもたらし、k は chに、d はjへ変化している。沖縄語で「沖縄 (okinawa)」は「うちなー (uchinaa)」というが、ここでも k → chの変化を確認できる。
さて、標題にあげた「ちむ」という語だが、これは日本語の「肝(きも)」と同源である。沖縄語では「肝」を「ちむ」といい、「心」という意味で使われる。「肝」を「ちむ」と発音する理由は、もう気づかれたかと思うが、原因は母音iである。もともとは kimo だったが、母音 i の直前の k が母音 i の影響を受けて ch へ変化し、母音 o は u へと変化した。その結果、現在では「ちむ」と発音する。
「肝」 kimo > chimo > chimu
沖縄本島の中南部のことばでは上で説明したとおりだが、ドラマ「ちむどんどん」の舞台である北部(やんばる)では少し異なる。国頭村(くにがみそん)や大宜味村(おおぎみそん)では中南部のようにki → chi という変化は起こってない。そのため「肝」は「きむ」という。これをドラマのタイトルに反映すると「きむどんどん」となるのだが…。
次に、「ちむどんどん」の「どんどん」をみてみよう。沖縄語で「どんどん」は太鼓の音や、胸がどきどきするようすをあらわす表現である。上で母音の変化について見てきたが、「どんどん」という語をきいて、「どうして母音oがあるのだろう?」と気づいた読者もいるのではないだろうか。この語には母音o が含まれている。沖縄のことばの歴史においてo → u という変化が起こったのであれば、「どんどん」(dondon) も「どぅんどぅん」(dundun) と変化しているはずである。
しかし、現実は少し異なる。「どんどん」という表現はオノマトペという語彙の種類に分類される。名詞や動詞などの語彙は上述の母音の変化の影響を受けているが、オノマトペはその影響を受けてない場合が多い。母音o に変化がないものには以下のような例がある。
おほおほ(ごほんごほん、咳をする音)
ぼんぼん(たぷたぷ、水などがいっぱいであふれそうなようす)
ごんごん(どんどん、健脚なようす)
今回は「ちむどんどん」という表現をとおして、日本語と沖縄語の発音の違いをみてきた。次回は、「にんじんしりしりー」から見える沖縄語の特徴をみていこう。