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「あまはい、くまはい、いちむどぅい 沖縄で考えることばのいろいろ」島袋盛世・兼本円・髙良宣孝

第17回 ガジュマル、キジムナー、榕樹、banyan/兼本円

「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、兼本円さんの第6回です。沖縄を代表する木、ガジュマル。この木にまつわる物語とは?

 沖縄で最も親しまれている木は? ガジュマル、榕樹である。『広辞苑』にはその果実はイチジクに似ているとされている。小粒だが、中を覗くと確かにそっくりだ。しかし、実は毒ではないが旨くない。それに、この実は地面に散らばりハエが集る。それなのに親しまれているのはなぜか。この木の名の語源の一つに「風を守る」という説がある。台風から家屋を守ってくれると信じられているからだ。理由はまだある。この木にはキジムナーという愛すべき妖怪が住んでいるからだ。名護市にある樹齢約300年の「ひんぷんがじまる」には12匹のキジムナーが住んでいるそうだ。(https://nagomun.or.jp/facility/1950/)。
 私の記憶するキジムナーとは小学生くらいの大きさで真っ赤な頭髪、赤ら顔をしている(水木しげるの『大百怪』に登場する顔形とは違う)。相撲も上手だ。琉球古典舞踊や、民謡などをベースにした創作舞踊を演ずる舞踊団「花やから」の演目に登場するキジムナーこそが生き写しだ(https://www.youtube.com/watch?v=evwpvwfuHUY)。断っておくが、私はまだキジムナーに会ったことはない。しかし、歌、絵本、友人との語りの中では小学校の頃からずっと鮮明に生き続けている。幼い心にはガジュマルとキジムナーは分かち難い。それにこの組み合わせに島唄が加わる。「チョンチョンキジムナー」の歌詞の一節を以下に記す(右が筆者の簡略化した日本語)。

 月ぬ夜や 呼びぃが来うくとぅ  月の夜に私(キジムナー)が漁に行くから
 まじゅん行かやー カマデー   カマデー君一緒に行こう
 大漁や汝むん 目玉や我むん   取れた魚は全部お前のもの、でも目ん玉は俺の
 ちょん ちょん ちょん ちょん  
 ちょん ちょん ちょん ちょん
 キジムナーが ちょーん ちょん

 キジムナーは漁の名人で人懐っこい。魚の目以外は友人に全部やる。だから友達になると大分得をする。これは2番の歌詞で明らかになる。「友達になって金を貯めて家を建てる」とカマデー君の視点が続く。しかし、一緒に漁をしている間に放屁(「ひーをひる」)をしてはいけない。キジムナーはそれを最も嫌がる。これも後の歌詞に登場する。こんなに面白い妖怪が住んでいる木なので、ガジュマルを切り倒してしまうわけにはいかないのだ。さらに私の世代にはガジュマルに懐かしい思い出がある(下の写真をご覧下さい)。
 下の写真を見ると枝から幾つもの根のようなものが垂れている。これが気根と称されている。それが成長するとガジュマルの木が増えていく。この気根を私はガムとして噛んでいた(美味かったことなどない)。気根を切り取って石の上に置き、小石で叩くと白い汁が出る。根の形が消えるまで叩く。幼い心は辛抱強く叩くと美味しくなると思っていたのだ。なぜそう信じていたか? 昔のチューインガムのコマーシャルのせいだ(「天然のチクロは木から」という文句)。悪ガキ同士で1年くらいはコツコツするガム作りが流行した。一向に旨くならないので、馬鹿らしくなりチューインガムを買うようになった(「マルカーのチュウインガム」)。マルカーを噛み続けて味が無くなると捨てずに砂糖をまぶして冷蔵庫に入れて翌日またそれを噛んでいた。さて、このコツコツにはさらなる不思議が潜んでいた。なんと、私の25歳も年上の方が「コツコツ」をなさっていたのだ。彼が幼い頃となると戦前になる。テレビはなかった時代だ。彼も彼の先輩から教えられたに違いない。島くとぅばで教えられたに違いない。このように考えると私にも息子達にガジュマルとキジムナーを語る義務がある気がしてきた。但し、島くとぅば、日本語、英語を上手くミックスして語ることになる。いきなり、島くとぅばで全部とはならないと思う。英語ではガジュマルはbanyanと呼ばれていて、オーストラリアのアボリジニーの間ではスピリチャルな木とされている。彼の地にもキジムナーがいるはずだ。そんなことも語りたい。

 沖縄に話しを戻す。大宜見村にはブナガヤと呼ばれるキジムナーに似た妖怪がいる。伊平屋島には「フィーフィー」と呼ばれる奴がいる。こんなことも伝えていきたい。
 どこの地域でも木は物語と不可分だということを語りたい。沖縄には「チャーギの精」(イヌマキの精)という昔話もある。そんなことを考えていると、島くとぅばの復興は自然と他言語との共存、沖縄が得意とするチャンプルー化にかかっている気がしてきた。

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著者略歴

  1. 兼本円(かねもと・まどか)

    琉球大学教授。インディアナ大学卒、同大学で修士号取得。専門はコミュニケーション学、非言語コミュニケーション論。主な著書に『言語教育学入門』(共著、大修館書店)、『地球市民としての英語』(共著、英宝社)など。

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