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「あまはい、くまはい、いちむどぅい 沖縄で考えることばのいろいろ」島袋盛世・兼本円・髙良宣孝

第18回 ウチナー・イングリッシュの発音(2):子音編/髙良宣孝

「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、髙良宣孝さんの第6回は、前回に続きウチナー・イングリッシュならではの発音を取り上げます。どうやらうちなーぐちとの関わりがあるようです。

 前回は「ウチナー・イングリッシュ」の「母音の発音」について具体的な例を挙げ、一般的なカタカナ英語と比較しながらその特徴を説明した。今回は「子音の発音」、とりわけ“t”の発音に着目する。
 最初の例は「アイスワーラー」(ice water)である。一般的なカタカナ表記では「アイスウォーター」となる。両者を比較すると、waterの発音で2つの違いが見られる。1つ目が【ワー】と【ウォー】である。これは前回の母音編で取り上げた「コーヒーシャープ」の発音と同じ現象である。つまり、アメリカ英語ではwaterを【ワーター】(または【ワター】)と発音し、母音が【アー】(または【ア】)となる(因みにイギリス英語では【ウォータ】である)。その為、第二次世界大戦後の沖縄の人々は、第1音節の母音をアメリカ英語の母音を真似て【ワー】と発音したと考えられる。
 一方で、今回特に注目すべき点は2つ目の違いである。カタカナ英語では【ター】となっている部分がウチナー・イングリッシュでは【ラー】と発音されている。この発音の違いは何が原因で起こっているのだろうか。これもやはり戦後沖縄に駐留した米軍兵の話すアメリカ英語を無視することはできない。上記でwaterはアメリカ英語で【ワーター】(または【ワター】)と発音されると説明したが、これはより丁寧な発音をした場合である。日常会話といった比較的インフォーマルな場面でwaterを発音すると【ワーラー】(または【ワラー】)となる。当時の沖縄の人々は基地内外で米軍兵と交流し彼らの話すアメリカ英語に触れる機会が多かったが、そのほとんどが比較的インフォーマルな場面であっただろう。当時の沖縄の人々は、そのような状況下で米軍兵の話すアメリカ英語の発音を真似てwaterを【ワーラー】と発音したであろうことは十分推測できる。
 ここで見られるアメリカ英語での【ター】から【ラー】への変化だが、言語学ではflapping(=弾き音化)という現象で知られている。ごく簡単にこの現象を説明すると、子音tが母音に挟まれ、かつtの前にある母音に強勢がある場合、tが弾き音(発音記号では[ɾ]で表される)に変わる。この弾き音は日本語のラ行に非常に似ており、だからこそwaterがウチナー・イングリッシュでは【ワーラー】と発音されているのだ。
 次の例は「トゥーナー」(tuna)である。1 一般的なカタカナ表記では「ツナ」となる為、ウチナー・イングリッシュの【トゥ】がカタカナ英語の【ツ】に対応している。英語の「tuna」はマグロのことでアメリカ英語では【トゥーナ】と発音される。だが、沖縄で「トゥーナー」と言えば、ほとんどの場合「ツナ缶」のことである(よりはっきりさせたい時は「トゥーナーの缶詰」と言う)。ウチナー・イングリッシュの【トゥーナー】、カタカナ英語の【ツナ】、アメリカ英語の【トゥーナ】を比較すると、ウチナー・イングリッシュはアメリカ英語の発音を真似ていることは明らかである。
 では、何故沖縄の人々は【トゥ】の発音を難なく真似ることができたのか。この問いに答えるためには、沖縄の人々のことばである『うちなーぐち』の発音を無視することはできない。日本語(=共通語)とうちなーぐちの発音を比較した際、いくつかの発音の違いが見られるが、その1つが母音[u]が後続する際の子音[t]の発音である。日本語(=共通語)の場合、子音[t]の後に母音[u]が続く場合、[t]は[ts]に変化し、結果【ツ】(=[tsu])と発音される。一方うちなーぐちでは、子音[t]の後に母音[u]が続く場合、[t]の発音が保持され、結果【トゥ】(=[tu])と発音される。実際うちなーぐちには【トゥ】を含む語が多数あり、例えば「とぅい(=鳥)」「とぅくる(=所、場所)」「とぅじ(=妻)」「とぅぶん(=飛ぶ)」等が挙げられる。2 これらが示唆することは、うちなーぐちを日常的に使っていた戦後の沖縄の人々にとって【トゥ】は聞き慣れた音である為、アメリカ英語の【トゥーナ】という発音自体に特に違和感を持つことはなく、結果としてウチナー・イングリッシュで【トゥーナー】と発したのであろう、ということである。
 前回から見てきたように、ウチナー・イングリッシュでは戦後の沖縄に駐留していた米軍兵の英語を真似た発音が多々見られる。しかしよく観察してみると、単に発音を真似ただけでなく、うちなーぐちに存在する聞き慣れた音のおかげで容易に真似ることが出来た、というケースも見られるのだ。
 これまで6回にわたり、外国の言葉や文化の影響を受けたウチナー・イングリッシュについて見てきたが、これらはほんの一部である。また私がまだ知らないウチナー・イングリッシュもたくさんあるだろう。今後も戦後の沖縄で生まれたウチナー・イングリッシュの調査・発見をライフワークにしていきたいと思う。今回ウチナー・イングリッシュについて紹介する貴重な機会を与えていただき白水社に感謝を申し上げたい。そして、毎回サイトにアクセスし記事を読んで下さった読者の皆様にも心より感謝申し上げる。

1 今回の記事で用いる下線を伴う「トゥ」は、一般的なカタカナ表記でいう「トゥ」(発音記号で表記すると[tu])を表しており、前回の記事で用いた二重母音を含む発音を表す「トゥ」(発音記号で表記すると[toʊ])とは区別する。その為今回この発音は【トゥ】と表記する。このルールは、アメリカ英語の発音を表記する際や、うちなーぐちをひらがなで表記する場合(つまり「とぅ」)にも適用される。
2 ここで挙げた例の「とぅ」は全て日本語の「と」に対応している。また「とぅじ」は「刀自(とじ)」に対応する。

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著者略歴

  1. 髙良宣孝(たから・のぶたか)

    琉球大学准教授。琉球大学卒、同大学で修士号、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で博士号取得。専門はコミュニケーション学、特に談話研究と世界諸英語を中心に研究を行なっている。

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