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「あまはい、くまはい、いちむどぅい 沖縄で考えることばのいろいろ」島袋盛世・兼本円・髙良宣孝

第3回 沖縄の「出川イングリッシュ」(1)/髙良宣孝

「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、今回は髙良宣孝さんが、ネイティブではない沖縄のひとたちが使ってきた英語に注目します。

 皆さんは「出川イングリッシュ」をご存じだろうか。「出川イングリッシュ」とは、お笑いタレントの出川哲朗氏が、某バラエティー番組でアメリカに行き英語で現地の人々とコミュニケーションを図り様々なミッションに挑むという企画で誕生した「英語」のことである。出川氏の英語は文法的に正しいとは言えず表現も一般的な英語表現とは異なっており、いわゆる「標準的な英語」とはかけ離れているものの、ジェスチャー等の非言語を用いながら現地の人々とコミュニケーションを成立させミッションをクリアする姿に多くの視聴者が釘付けになったことと思う。
 実は沖縄でも、「出川イングリッシュ」さながらの英語が話されていたようだ。戦後の沖縄では、多くのウチナーンチュが基地内でレストランの炊事係や運転手、ガソリンスタンドの従業員等として働いていた。そんな彼らが「出川イングリッシュ」ならぬ「ウチナー・イングリッシュ」で基地内のアメリカ人とコミュニケーションを図っていたのだ。
 今回はその「ウチナー・イングリッシュ」の中から私が旅行先で教えてもらった「エアー・グッバイ」(air good-bye)を紹介する。この「英語」と出会ったのは、私が家族と沖縄本島北部の本部半島から北西約9キロにある伊江島に旅行に行った時である。夕食後ホテルで開催されていた民謡ライブで、歌手の方がクイズとして私たちに出したもので、実際に米軍基地内で働いていた方が使っていた表現とのことだった。「エアー=空気」で「グッバイ=さようなら」…。さっぱり分からない…。「空中でさようなら」だと飛行機のことか…?色々考えて答えてみたが、全く当たらない。悔しいが降参して答えを聞いてみると、答えは「タイヤのパンク」とのこと!タイヤから空気が漏れてなくなっている状況を、「エアー・グッバイ」と表現したわけである。
 第二次世界大戦後、沖縄に建設された米軍基地で、多くのウチナーンチュが基地内で働いていた。私の父も基地内のガソリンスタンドで働いた経験を持つが、その父から聞いた話では、基地内で働くウチナーンチュの多くが英語を話せなかったようだ。恐らくは、彼らはアメリカ人の日常会話や業務での指示に使われる英語に触れ、非常に限定的な中から英語を学んでたであろうことは想像に難くない。そんな彼らが基地内のアメリカ人とコミュニケーションを図るために、自らが知っている簡単な「英単語」とジェスチャー等を絡めながら「ウチナー・イングリッシュ」を使っていったのだろう。彼らの適応力の凄さ、バイタリティーに頭が下がる思いであるが、このように2つ以上の言語が接触する時、少ない語彙で文法も比較的簡略化されたコミュニケーション・ツールとして用いられる独特な言語を「ピジン」(pidgin)と呼ぶが、「ウチナー・イングリッシュ」はまさに「ピジン英語」と呼べるだろう。
 この「エアー・グッバイ」のケースでも、車のタイヤがパンクしている状況で、恐らくは普段から聞いて意味も理解していた「エア」と「グッバイ」という簡単な英語を利用して、タイヤを指差しながらパンクしていることを伝えたのかもしれない。
 ちなみに、私たちが普段使っている「パンク」という単語は和製英語で、実際の英語ではイギリス英語ではpuncture、アメリカ英語ではflat tireという。日本人の「パンク」はイギリス英語のpunctureの初めの部分のみを切り取って使ったものである。
 今回は沖縄の「出川イングリッシュ」として、標準的な英語とは異なる面白い表現を紹介したが、このシリーズでは戦後の沖縄を生き抜いた人々が使っていた「ウチナー・イングリッシュ」や英語の影響を受けて誕生した「言葉遊び」、アメリカ文化やその他の外国文化の影響を受けた流行・風習を紹介する。次回は沖縄の「出川イングリッシュ」(2)と題して、父から聞いた別の「ウチナー・イングリッシュ」を紹介する。

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著者略歴

  1. 髙良宣孝(たから・のぶたか)

    琉球大学准教授。琉球大学卒、同大学で修士号、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で博士号取得。専門はコミュニケーション学、特に談話研究と世界諸英語を中心に研究を行なっている。

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