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「あまはい、くまはい、いちむどぅい 沖縄で考えることばのいろいろ」島袋盛世・兼本円・髙良宣孝

第9回 「ホットドッグ」の思い出/髙良宣孝

「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、今回は髙良宣孝さんの第3回。和製英語というものがありますが、どうやら沖縄独自のものもあるようです。

 早速だが、読者の皆さんに質問である。
 Q:皆さんは「ホットドッグ」と聞いたらどんな食べ物を想像しますか?
 恐らく多くの人が想像したのがこのエッセイの最後に載せている写真1であろう。そう、長めのパンにソーセージを挟んだ軽食で、お好みでケチャップやマスタード等をかけて食べる「アレ」だ。一方、写真2のように、ソーセージを串に刺しまわりに衣をつけて油で揚げた食べ物は、多くの人が「アメリカンドッグ」として認識しているかと思う。しかし、私にとっての「ホットドッグ」は、写真2の食べ物なのだ。私がまだ小学生だった40年以上前は、少なくとも沖縄の一部の地域では「ホットドッグ」と呼ばれていたと記憶している。私自身の記憶を確認する為に、同僚や家族等12名に上記の質問をしてみたところ、7名が私と同様、写真2を「ホットドッグ」と答えてくれた。ある同僚は、「私の語彙には『アメリカンドッグ』自体ない」とも言っていた。以上のことからも、少なくとも沖縄の一部の地域で「ホットドッグ」と呼ばれていたのは事実と言えよう。
 私が「本物のホットドッグ」を知ったのは、母方の叔母のおかげだった。アメリカ人と結婚しアメリカのカリフォルニア州に住んでいた叔母は、数年に1回は沖縄を訪れては3週間程度我が家に滞在していた。その「事件」は、私が小学生の頃のあるお昼時に起こった。叔母が「お昼ご飯は『ホットドッグ』ね」と言ってきた。「大好物の『ホットドッグ』(=いわゆる「アメリカンドッグ」)が食べられる!」と思った私は、出来上がるのを今か今かと待っていた。しかし、目の前に出てきたのは「パンにソーセージを挟んだモノ」!予想外の食べ物が出てきた私は「これは『ホットドッグ』じゃない!」と叔母に反論したが、叔母はこれがアメリカでは「ホットドッグ」なのだと説明してくれた。これが私にとっての本物の「ホットドッグ」との初めての出会いだったのである。
 ただそれ以降も私の中での「ホットドッグ」はやはり写真2だった。私が子供の頃は、「ホットドッグ」は祭りの屋台やパーラー(公園等に常設されていた売店で、以前はバスを店舗として利用していることもあった)で買うことがほとんどだった。それがコンビニエンスストアでフライドチキン等と一緒に手軽に購入できるようになると、「アメリカンドッグ」という名前を頻繁に見かけるようになり、私も徐々に「アメリカンドッグ」を受け入れられるようになってきた。
 2004年にカリフォルニア州のサンタバーバラにある大学院に留学した私は、そこで日本食が好きなアメリカ人の先輩と出会い、よく日本食について話をするようになった。ある時私は、「ホットドッグ」と「アメリカンドッグ」の違いが分からなかったことを彼に話したのだが、彼から返ってきたのは「『ホットドッグ(hot dog)』は知ってるけど『アメリカンドッグ』って何のこと?」という想定外の反応だった。「アメリカンドッグ」を説明すると、「それは『コーンドッグ(corn dog)』って言うんだよ」と教えられた。そこで初めてこの食べ物が英語では“corn dog”と呼ばれていること、そして「アメリカンドッグ」が和製英語であることを知ったのだ。“corn dog”の名前は、Webster’s New World College Dictionary 3rd Edition (1996, p.310)で“a wiener covered with cornmeal batter and deep-fried”と定義されているように、コーンミール(cornmeal)を使用していることに由来する。日本ではトウモロコシ粉の代わりに小麦粉やホットケーキミックスを使うのが一般的だろう。
 しかし、「ホットドッグ」問題はこれで終わらない。ウィキペディアの「アメリカンドッグ」の項目(https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカンドッグ)によると、カリフォルニア州サンタモニカで1946年に創業したHot Dog on a Stick(https://hotdogonastick.com/)では、“corn dog”を“Hot Dog on a Stick”として販売しており、ウェブサイトの商品説明でも“hot dogs”という語が使用されている。推測の域を出ないが、沖縄で「ホットドッグ」と呼ばれたのはアメリカでの“Hot Dog on a Stick”と関連しているのかもしれない。さらには、韓国でも、串に刺さったソーセージに衣をつけて油で揚げたものを「ハットグ」と呼んでいるが、これはまさに「アメリカンドッグ」である。ソーセージの代わりにチーズの入った「チーズハットグ」が「インスタ映えする」と話題にもなった。この「ハットグ」だが、韓国語に関するウェブサイト『チョングル』の「ハットグ」に関する記事(https://chongul.com/korean-food-hattogu/)によると、「ハットグ」は韓国語で「핫도그」と書き、これは英語の“hot dog”をそのままハングルで表記した単語だということなのだ。つまり、「ハットグ」=“corn dog”であり、沖縄の一部で見られた「ホットドッグ」=“corn dog”が韓国でも見られたのだ!同じくウィキペディアの「アメリカンドッグ」の項目では、韓国では1968年の韓国貿易博覧会でアメリカ農産物館来場者に配られた“hot dog”が普及し、その後「ソーセージに衣をつけて油で揚げたもの」が“hot dog”として広まった、と説明している。今回の「ホットドッグ」問題を通して、沖縄・アメリカ・韓国の食文化に触れ、「食」を通しての異文化理解を深める良い機会となった。


写真1


写真2

画像引用元:
写真1:Wikipedia(https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=26844059
写真2:Wikipedia(https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=57056483

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