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「あまはい、くまはい、いちむどぅい 沖縄で考えることばのいろいろ」島袋盛世・兼本円・髙良宣孝

第16回 那覇のことば/島袋盛世

「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、島袋盛世さんの第6回です。最後は沖縄でいちばん有名な都市、那覇のことばの紹介で締めくくります。

 連載の最終は「那覇のことば」の特徴を紹介しよう。沖縄語で「那覇」は「なーふぁ」、「ことば」は「くとぅば」というので、今回のテーマを沖縄語(うちなーぐち)で言えば「なーふぁ くとぅば」だ。なーふぁくとぅばは沖縄本島中南部で話されている沖縄語に分類され、これまでに紹介した沖縄語とほとんど同じ特徴を持つ。連載第14710回で紹介した特徴を参照していただければと思う。
 他の一般的なうちなーぐちと呼ばれる沖縄語と異なる点はダ行の子音がラ行の子音へ変化していることだ。dがrへ変化しているとい言った方が分かりやすいかもしれない。この特徴を中心に話を進めていこう。
 d → rという変化だが、この変化が起こっていない首里くとぅばと比較してみよう。首里では一般に「竹」「道具」「毒」を「き」「ーぐ」「どぅく」というが、那覇では「き」「ーぐ」「く」という。

      首里くとぅば   なーふぁくとぅば
 「竹」  き (daki)      き (raki)
 「道具」 ーぐ (doogu)    ーぐ (roogu)
 「毒」  どぅく (duku)         く (ruku)

 先の第7回で沖縄の人参を「ちーくに」と紹介したのを覚えているだろうか。那覇でこれを「ちーくに」という。
 沖縄には「命(ぬち)どぅ宝」という表現がある。最近テレビや書籍などでも取り上げられているのを目にするので、もしかしたら読者の方々も既にご存知かもしれない。この表現の意味は「命こそが大切」(=命よりも大切なものはない)だ。これも那覇では「命(ぬち)宝」と発音する。「命(ぬち)どぅ宝」と書かれていても、那覇育ちの筆者は声に出して言うときは自然に「命(ぬち)宝」と言ってしまう。
 また、d → rという変化が起こっていることで、ラ行音が連続し興味深い響きになっている語もある。紹介しよう。首里では「泥」を「どぅる」(duru)というが、那覇では「るる」(ruru) といい、「るるみじ」(泥水)、「るるみち」(泥道)、「るるぶったー」(泥まみれ)などの複合語でも「どぅ」は「る」である。さらにはこういう語もある。「らららら」(だらだら)、「ららららそーん」(だらだらしている)のように使われるが、文脈なしでは他の沖縄語話者でも「何?」と思うだろう。
 実は、d → rという変化は珍しい変化ではなく多くの言語にみられる。私たちの身近でよく話されている英語にもみられる。例えば、daddy(お父さん)や ladder(はしご)の語中のd音はアメリカ英語の日常会話において日本語のr音のように発音される。この2つの語の発音をカタカナで表記するとそれぞれ「ダリー」「ララー」のようになる。もちろん、「ダディー」「ラダー」と発音することも可能で、どちらで発音しても意味に違いはない。
 那覇のことばにも上述の英語のように「どちらの発音でも可」という音がある。例えば、「早く」を「ふぇーく」または「ーく」といい、「ヤギ」を「ふぃーじゃー」または「ーじゃー」という。「早く」をあらわす語を「ふぇーく」と発音しても「へーく」と発音しても、意味に違いはない。「ヤギ」も同様にどちらでも通じる。このようなバリエーションはそのまま長い間保たれる場合もあるが、那覇のことばの場合、一つの発音からもう一つの発音へ移行する途中の状況であると考えられる。つまり、この変化は「現在進行中」ということである。実際に、現在40〜50代のなーふぁんちゅ(那覇の人)の発音を聞いてみると、古い方の「ふぇ」や「ふぃ」という発音はあまり聞かれない。この世代の多くは「へーく」(早く)や「ひーじゃー」(ヤギ)などと「へ」や「ひ」で発音している。ある60代のなーふぁんちゅ曰く、古い方の「ふぇ」や「ふぃ」の発音を意識して話している話者もいるとのこと。このような「現在進行中」の変化は那覇のことばだけでなく、他の沖縄のことばにもみられる。今後沖縄のことばはどのように変わっていくのか興味深く観察していきたい。
 この連載記事を通して沖縄のことばの特徴を紹介・解説してきた。このような貴重な機会を与えていただき白水社に感謝を申し上げたい。そして読んでくださった読者の方々へも「にふぇーでーびる!」。

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著者略歴

  1. 島袋盛世(しまぶくろ・もりよ)

    琉球大学教授。ジョージア大学卒、同大学で修士号、ハワイ大学マノア校で博士号取得。専門は比較言語学、音韻論。主な著書に『沖縄語をさかのぼる』(白水社)、The Accentual History of the Japanese and Ryukyuan Languages: A Reconstruction, (Global Oriental, 2007)など。

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