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「あまはい、くまはい、いちむどぅい 沖縄で考えることばのいろいろ」島袋盛世・兼本円・髙良宣孝

第13回 「わかもの」は「ばかもの」?/島袋盛世

「あまはい、くまはい、いちむどぅい」、島袋盛世さんの第5回です。沖縄本島を離れて、与那国島のことばの特徴をご紹介します。独特の音の変化があるようです。

 これまで沖縄語の特徴についてみてきた。今回は沖縄本島から一番遠い与那国島のことばをみてみよう。沖縄本島より台湾に近いこの島のことばは日本語や沖縄語と親族のような関係にあるので、共通点もあるが、異なる点も多い。今回は与那国語が日本語や沖縄語とどう違うのか、に焦点をあてて進めていこう。
 日本語や沖縄語と異なる与那国語の特徴の一つとしてまず挙げられるのがヤ行子音だ。日本語や沖縄語のヤ行子音に対応する与那国語のヤ行子音は時代とともに変化してしまったため、日本語や沖縄語とは大きく異なる。どういうことかというと、日本語でヤ行は ya yu yo であるが、これに対して与那国語ではもともとあった y という音声は d へと変化したため、da du do と発音する。例えば、「夜」は duru(どぅる)、「家」は daa(だー)という。この y → d の変化は沖縄語など他の琉球諸語にはみられない独特の変化である。ちなみに、沖縄語で「夜」は yuru、「家」はyaaという。
 ヤ行の ya yu yo がda du do へ変化したのであれば、与那国語に y音は存在しないはずだが、実際には y音は存在する。実はこの y → d の変化は語頭に限られ、語中(母音間)でヤ行子音は y と発音される。語例をみてみよう。上で紹介した daa(家)という語は複合語を作ることができる。例えば、「私たちの家」と言うとき、bant’a(私たち)という語の末尾に daa(家)を加えるが、この場合、daa の語頭の d は語中にあるため、d とは発音せず y と発音する。従って、「私たちの家」は bant’aya という。duru(夜)という語も同様に他の語と組み合わせて複合語を作ることができる。例えば、t’uchi(ひとつ)という語にduru(夜)を並べるとt’uyuɾu(一晩)という語ができるが、この場合も語中では y音が現れる。 下のように並べると分かりやすい。

 bant’a(私たち) + daa(家) → bant’aya(私たちの家)
 t’uchi(ひとつ) + duru(夜) → t’uyuɾu(一晩)

 与那国語ではワ行子音も独特の変化をしており、日本語や沖縄語とは異なる。日本語のワ行は与那国のことばではバ行へと変化している。例えば、日本語で wa と発音する音声は与那国語で ba と発音する。そのため、与那国語で「若者」「物忘れ」などは以下のようにいう。日本語と比べてみよう。

       日本語           与那国語
 「若者」  かもの (wakamono)     がむぬ (bagamunu)
 「物忘れ」 ものすれ (monowasure)   むぬち (munubachi)

 「若者」ではワ行子音は語頭にあり、与那国では w → b という変化があったことがわかる。ちなみに、「ばがむぬ」は「ばがん」(若い)と「むぬ」(者)から成る語である。「物忘れ」ではワ行子音が語中にあり、語中でも b への変化がみられることがわかる。「むぬばち」の「むぬ」は「物」、「ばち」は「忘れ」の意味である。参考までに、このワ行のバ行への変化は宮古諸島や八重山諸島で話されていることばにもみられる。これらの地域で話されていることばは密接な親戚のような関係にあり、沖縄語とは少し遠い親戚関係のようである。
 余談になるが、数年前に与那国島のある学校を訪ねたとき、校長先生と話をする機会があった。校長先生は地元の出身で与那国のことばを流暢に話せる。校長曰く、同年代の人たちとは与那国のことばで話をするが、年配の方々の前では恐れ多くて与那国のことばで話はしないとのこと。他の地域でも同じような声を耳にしたことがある。危機言語と言われているだけに、非常に興味深い声である。
 次回は沖縄本島へ戻り、那覇のことばを紹介しよう。他の沖縄語(うちなーぐち)と比較しながら那覇くとぅばの特徴を見ていこう。

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著者略歴

  1. 島袋盛世(しまぶくろ・もりよ)

    琉球大学教授。ジョージア大学卒、同大学で修士号、ハワイ大学マノア校で博士号取得。専門は比較言語学、音韻論。主な著書に『沖縄語をさかのぼる』(白水社)、The Accentual History of the Japanese and Ryukyuan Languages: A Reconstruction, (Global Oriental, 2007)など。

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