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「越境する日本人 ~海外移住する日本人から読み解く、生き方・働き方・育て方~」後藤愛

第12回 より強い精子と卵子を育てたい

さらに、海外マレーシアへ 同世代のエルサたち

 「どの人も、転換前のエルサなのだと気がつくことになりました。安全な日本という城に住み、謙虚で品よく何が本音かわからない会話をくり広げる大量のエルサのような人たち。もっと言ってしまえば、流行の服に身をつつむエルサたち(保護者)の見分けがつかなかったんです」
 義実家から独立して居を構え、新鮮な面持ちで生活していたのも束の間、今度は地域社会の保護者たちの様子が気になるようになった。
 息子のサッカーのほんの些細なことでトラブルになったり、また遊び方で花を摘んでいる子に一緒に遊ぼうと声をかけてあげるべきだと強い声があったりした。小さな違和感の積み重ねで、疑問が消えなくなった。
 「日本社会は、右へ倣えという圧力が強いですよね。上の世代の人たちが今までやってきたことをなぞっていれば無難という発想です。同世代の中でも些細な違いが気になって優越をつけたがる。違いを違いとしてありのままを受容するのが難しい」
 「小さな集団の中で、同じであることばかりに意識を向けている感じがしました。世界はもっと広い。本当はもっと大きな世界に皆が属しているのですが、小さな集団の論理だけしか見えていない気がします」
 「もっと地域社会を知りたいと思い、日本で学童保育のパートの仕事をした時期がありました。廊下に張り出されている子どもたちの絵を見て、皆がほぼ同じ絵を描いていることに驚きました。先生に尋ねても、自由に描かせていると言います。大学で芸術を専攻しているから、多少は表現とはなんたるかを理解してあるつもりの私の目がおかしいのか? 見事にみんな同じような絵を描くのが気になりました。そして、学童保育の中で、子どもが我慢をベースに日々生活していることを強く感じました」
 この頃、テレビでマレーシア特集を見た。また同じころ知人がマレーシアに移住したことで興味を持った。ゴールデンウィークに視察渡航し、マンションやインターナショナルスクールを見学した。視察先で会った人たちには、それぞれが目指している生き方が具体的にあった。子どもたちにも目的をもって切磋琢磨する生活をさせたいと思った。

中高生になった3人のお子さんたち。それぞれが学業にスポーツに全力で取り組み、マレーシアでの新しい生活を頑張り楽しんでいる(メイメイさん提供)。

マレーシアの良いもの :集団とは、異質な個人の集まり

 視察では、一か所目は、実践的な少人数教育で知られるインターナショナルスクールを見た。日本人は2割くらいだった。マレーシアのインターナショナルスクールには、いろんな人がいた。地位や文化も含めて、学校にはマレーシアのスルタンの親戚のような生徒もクラスメイトにいたり、かと思うと近所のマンションの建設現場には出稼ぎ労働でアジアの他国から来た人たちが働いている。そんな様々な人たちが混在している社会を興味深いと思った。
 その後、2か所目のイギリス系インターナショナルスクールに転校し、より大人数なため、より多様なクラスメイトに出会えて、子どもたちは大変気に入っている。
 長女は、現在大学進学予備課程にあたるイギリスのA-Level課程で、ビジネス専攻をしている。学生起業家になりたいと言っていて、インド工科大学(IIT)の大学生が参加するビジネスコンペに唯一の高校生として参加し、英語でピッチの準備に取り組んでいる。日本の部活と恋愛と受験が組み合わさった「青春」の高校生活に憧れも多少はあるようだが、今は目の前の学校生活を全力で取り組んでいるという。マレーシアに来てから、子どもも「みんなと一緒ではない」ことを、それが当たり前のことと捉えているように見える。
 サッカーが得意な長男曰く、「日本ではチームワークがすべて」だったが、マレーシアで多国籍の生徒が一緒にプレーするチームでは、「『自分』という個性が人数の分だけ集合したものがチームだ」と言い、本質的な違いを理解している。
 「日本でも、ランドセルの色が多様化したり、保護者も私たちの親世代のようなかたさはなく髪をカラフルな色で自己表現したり様々な人がいます。個性がないわけではないのでしょう。ただ、その幅がまだ狭いのかなと感じます」
 異質な個人の集まりを、そのままに受容している世の中のあり方に、メイメイさんも家族も、一つひとつ学びながら、日本を離れた手ごたえを大きく感じ、幸せを感じながら暮らしている。

強い遺伝子を育てたい 見本がないから私たちらしく

 「喩えて言うなら、『より強い精子と卵子を育てたい』と願っているんです」
 少し激しい表現だが、言葉を考えてきたんです、と語ってくれた。「人間の営みは、結局のところ、食べる、寝る、繁殖する。これが生物としての基本的な営みで、世界中同じですよね」、だから「人間として生きる根源的な強さを磨いてほしいんです」と力がこもった。現代社会は経済力も一つの力にはなっているが、それ以前の原始的な「生きる力」を磨きたいと考え、それが究極的には「遺伝子を磨く」という言葉に至ったという。
 「マレーシアに来てよかったな とつくづく思う点は、月並みですが、多国籍文化、混じり合う宗教、混じり合う言語が当たり前な環境に身を置けていることです。経済発展中のマレーシアでは、子どもに学びがあると感じる。成長の勢いを彼らに肌で感じてほしいです」
 「子どもたちの成長に本当に大事なのは、多様化したこの世界で『個』を意識して自らを築き上げることだと思っています。若い頃から右を見て順ずることが大事ではないでしょう」
 「どんな情報もすぐに手に入るからこそ、自分の頭で考え、意見を持ち、やりたいことを成し遂げる力や、足りない知識を習得する力を付けるために、マレーシアに来ました。進化する日本人、進化する人間でいてほしいです」
 「私たちはマレーシアを選びましたが、各家庭の方針と、経済事情を鑑みて金銭の身の丈を越えない範囲に、合致する国を選ぶのだと思います。言語さえ習得してしまえばあとは我が子が自ら選択できると最近感じています」
 「まだまだ答えもないし、正解もない。似た生き方をしている人の見本も多くはないかもしれませんが、見本がないから 私たちは、私たちらしくも生きれて、気楽なのです」
 「『小魚は群れる、大きな魚は群れない』と言います。大きな魚になってほしいです。同時に、何でもしていいというのではなく、品性、品格を磨いてほしいとも思う」
 日本社会はどうしても高齢社会で変化しにくい。また同質的で集団的だ。一方のマレーシアは平均年齢28歳のまだまだ若い国。活力やバイタリティがあり、新しいことへの恐れがないように見える。これからを探していく若者には、今だけ楽ならいいという発想ではなく、未来志向で、期待感を持って、生きていてほしい。
 今後については、あと3年はマレーシアにいるつもりだが、その先は未定で、タイなど近いアジアの国も含めて、柔軟に考えているという。夫も実家から投資活動で独立し、5人家族での海外生活を前向きに日々楽しんでいる。

クアラルンプールの韓国人協会オフィスの壁画を頼まれて描いた。アート活動では自身の表現と社会への還元の両立を実感している(メイメイさん提供)。

  自己を解放して、自分の力を伸ばせる環境に身を置いたメイメイさん。最近、知人からお願いされて、近所のオフィスビルにある韓国人協会の事務所の壁に壁画を描いたり、知人のカフェの壁に猫の絵を描いたりといった活動にも注力している。
 アート活動は、今、子育てがひと段落して手離れしてきたこのタイミングから、徐々に力を入れていきたいという。 かつて、親への反発を表現する場として見つけたアート。かなりの時間を要したが、今、その種が、マレーシアという土壌で、メイメイさんの人生に新たな芽を息吹かせようとしている。見本がないから、気楽に、ありのままに。
 マレーシアという多種多様な人々が、それぞれの価値観をリスペクトしあいながら共存している社会は、ともすると解放前のエルサこそが正解だとまとまりがちな日本人にとって、大きなヒントをくれているのではないだろうか。自分を解放し、才能を存分に伸ばす努力をすることは、責任が大きいが、やりがいも大きい。このような歩みを選ぶ人が、この世代の新しい歩みを体現するのだろう。思い切った選択をしたメイメイさんとご家族に、心からのエールを送りたい。

(了)

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著者略歴

  1. 後藤愛(ごとう・あい)

    1980年生まれ。一橋大学法学部(国際関係論専攻)を卒業後、2003年独立行政法人国際交流基金に入職。2008年フルブライト奨学生としてハーバード大学教育大学院教育学修士号(Ed.M。国際教育政策専攻)取得。2012年から2017年同基金ジャカルタ日本文化センター(インドネシア)に駐在し、東南アジア域内と日本との文化交流事業に携わる。2021年同基金を退職し、現在マレーシアでCHANGEマイクログラント(https://changemicrogrant.org/)活動に携わる。家族は夫と子ども3人。

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