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髙山裕二「ポピュリスムの時代」

第8回 社会主義という宗教

平等と福音

 「私の職工たちも版を組んでいて昂(たかぶ)らないではいられず、無我夢中になるほどです。印刷工たちはすべてを放り出してしまっているのです!」

 ある印刷業者が、サント=ブーヴSainte-Beuve (1804-69)に語ったとされる言葉である。彼は、パリを離れるラムネから原稿を託されていた。その出版物の名は、『一信者の言葉』Paroles d’un croyant。巡礼の旅から帰国した翌年の1833年に書き上げられ、34年4月末匿名で刊行された。冒頭のエピソードに見られる印刷工たちの興奮は、同書のインパクトを奇しくも出版前から物語っている。彼らが活字を組みながら夢中になり、作業を止めてしまうほどだったのだ。実際、『一信者の言葉』は、出版されるやたちまち大きな反響を呼び、10万部以上刷られ、諸外国でも多くの版が刊行された。

 さて、近代の文芸批評の生みの親とも言われるサント=ブーヴだが、彼も青年時代、ラムネから大きな影響を受けた一人だ。7月革命後、パリ近郊ジュイイーのアパルトマンでラムネが開いた講義を聴講し、感動を覚えたという。同じく熱狂した青年のなかに、ミシュレがいた。

 同書の刊行も、新しい世代のなかに大きな支持を獲得してゆく。やはり感激したリストは翌月、次のような手紙を書く。「貴方の最近の文章は、甘美と希望でどれほど我を忘れさせたことでしょう。(中略)神よ、そのすべてが崇高なのです」「なんと崇高で預言的、神性なことでしょう」。この青年は、己の英雄からラ・シェネーに招待され、数週間滞在した。

 それ以前、リストは「人間による人間の搾取」を告発したサン=シモン主義に傾倒していた。その彼がなぜラムネに魅了されたのか。それは、『一信者の言葉』のなかに平等の感情と福音の言葉évangelismeの邂逅を見いだしたからだ。そして、同書が人民=民衆(プープル)に捧げられたように、リストは、1834年リヨンで再び蜂起した絹織物工との連帯を示したピアノ曲、《リヨン》を師に捧げたのである。

 1835年、リストにラムネを紹介され、同じく心酔したのは、同世代を代表する女流作家ジョルジュ・サンドGeorge Sand (1804-76)だった。彼女は後にこう語っている。「民衆はかつて上流階級のようにヴォルテール主義者だった。〔だが〕『一信者の言葉』以来、民衆の大部分は福音主義的になった」(1843年3月)。

 サン=シモン主義がカルト集団と化したことに幻滅した若者は、ラムネ信奉へと向かった。こうしてラムネは、平等と福音を取り結ぶ預言者とみなされ、保守主義から自由主義を経て社会主義の指導者へと変貌を遂げることになる。ただ同時期、最初に「社会主義」を唱えた預言者がいた。彼の思想遍歴を見れば、ラムネの変貌のある種の必然性も看て取れるだろう。


協同と信仰

 「われわれの世代のもっとも偉大な2つの知性」。サンドがそう呼んだのは、彼女が同様に魅了されたラムネとルルーだった(後にルルーの方に傾倒するが)。

 ピエール・ルルーPierre Leroux (1797-1871)は、「社会主義」socialismeという言葉の生みの親として知られる。パリで貧しい家庭に育ち、植字工となった後、『グローブ』を創刊、自由派(リベロー)の論陣を張る。だが、本連載で見てきたように、7月革命の結果生まれた体制は大ブルジョアジーの金融貴族が支配し、社会変革はなされず、格差は広がるばかりだった。これに失望したルルーは、「ブルジョア貴族制」を攻撃する一方、「古い自由主義」との断絶を宣言、サン=シモン主義へ転向した。

 それは、「社会」を解体させた「個人主義」individualismeと、その温床である私有財産制およびイギリス由来の経済学(経済的自由主義)を批判するものだった。一方で、社会を再組織化するための教説(ドグマ)、新しい世俗的な信仰の必要を訴えた。ルルーは、教父や使徒を頂点に位階制をなすサン=シモン教からは離脱するが、そうした主張では一貫していたと言える。

 だがルルーは、サン=シモン主義者を念頭に、社会を絶対化して個人(の自由)を無に帰する思潮を厳しく批判した。つまり「エコノミスト」のように、個人を絶対化して政府の役割を最小化する個人主義だけでなく、政府を「巨大なヒュドラ」のようにして個人を社会の道具にするような(似非)社会主義も論難したのだ(「個人主義と社会主義について」1834年)。これに対して、社会は個人の自由を完成させるものとしてあると主張するルルーは、「共和的」社会主義の創始者とも呼ばれる。

 「われわれはお互いに責任を負っている」という意識、つまり社会さらには人類への帰属意識が必要だと彼は言う。「そこには関係と共同はあるが、同一性はない」。結びつけられているという感覚が、人びとの協同(アソシアシオン)を促し、財の再配分も正当化することで、自由を抑圧するどころか各人が個性を実現し、真に自由になることを可能にする。ルルーはそれを信仰という言葉で説明し、「人類=人間性」l’Humanitéの宗教を唱えた。

 他方、カトリック的社会主義の祖とも言われるフィリップ・ビュシェPhilippe Buchez(1796-1865)も、サン=シモン主義を離教し、カトリックの信仰、慈善や友愛に基づく労働者の生産協同組織(アソシアシオン)を主張した。現実にその主張が労働者に支持されてゆく40年代、協同組織=結社(アソシアシオン)は社会主義の言葉になってゆく。ほかにも、シャルル・フーリエやエチエンヌ・カベなどが奇抜なユートピア的共同体論を展開した。

 こうして「社会」の再生という課題は、図らずも保守主義者から社会主義者へと継承された。そのなかで登場したラムネの変貌にはそれなりの理由があった。ただ社会主義は、つねに自由競争に疲弊する人民=民衆(プープル)の側に立ち、その構想はことごとく宗教的・・・だった。

◇初出=『ふらんす』2013年11月号

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著者略歴

  1. 髙山裕二(たかやま・ゆうじ)

    1979年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(政治学)。現在、明治大学政治経済学部准教授。専門は政治学・政治思想史。『トクヴィルの憂鬱』(白水社)で渋沢・クローデル賞、サントリー学芸賞を受賞。『社会統合と宗教的なもの』(共編著、白水社)、『共和国か宗教か、それとも』(同)他。訳書に、カス・ミュデ/クリストバル・ロビラ・カルトワッセル『ポピュリズム』(共訳、白水社)他。

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