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髙山裕二「ポピュリスムの時代」

第12回(最終回) 民主と信頼

産業帝政の成立

 ルイ=ナポレオンの大統領就任後、クーデタ決行までの要点を簡単に振り返っておこう。第1に、憲法制定後初めて実施された立法議会選挙(1849年5月)で、右派「秩序党」が過半数の議席を獲得、中道派(穏健共和派)が壊滅的な打撃を受けた。左派「山岳派」は健闘し、翌月には政府によるヴァチカン干渉に抗議してデモを組織したが撃沈、一掃された(「6月事件」)。第2に、集会の自由の抑圧や新聞への印紙税復活、ストライキ禁止など反動的な政策が次々と実行された。第3に、50年5月31日法によって選挙資格を改定、事実上制限選挙制に回帰した。こうしたなか、ルイ=ナポレオンは議会との対決あるいは全国遊説の展開を通じて、民衆に直接支持を訴えた。その意味で、彼はその時代のポピュリスムを巧みに利用した政治家だったと言える。

 クーデタ後、有力な指導者は矢継ぎ早に逮捕・収監され、立法議会は翌日解散、さらに51年12月21日に人民投票を実施し、9割を超える圧倒的多数の支持でクーデタが認められた。ナポレオンは大統領選でも7割を超える支持を得たことを思い出しておくべきだろう。マルクスの言うような「取るに足らぬ人物」ではなかったことは近年の研究が実証している。支持層の大半は保守的な農民層だったという通説に対して、急進的な地方でも高い得票を記録し、都市部でも支持されたと指摘される。第2帝政が始まると、鉄道ブームをめぐる投機集中によって高い経済成長率を遂げる一方、警察権力を含む官僚機構を強化した。つまり、ナポレオン3世は、近代国家機構を整備した有力な指導者であり、近代への移行期に突如として湧いた例外的な軍事独裁者ではなかったというわけである。さらに、対外的覇権を求めて(特に初期は)外交的成功を収め、ナショナリズムをうまく利用する術も心得ていた。

 他方、ポスト革命社会でポピュリスム運動を牽引してきた「預言者」たちは、公の舞台から姿を消していった。クーデタ後、ラムネも政界を引退、政治活動を止め、残る2年ほどの生涯を、警察権力の監視下で貧困と孤独のうちに送った。この頃のラムネに関するある証言によれば、深い肘掛け椅子にもたれかかったその姿は痩せこけ青ざめ狼狽し、打ちのめされ、憂鬱そうな表情を浮かべていたという。ただ、その態度にはなお子どものような熱意が感じられ、現在の社会情況への関心はつねになくさなかったとされる。ポピュリスム運動において民衆と一体化する成功体験を勝ち得ることはついになく、それも結局は皇帝に「簒奪」され、失意のなかで最期を迎えることになる。

 

ポピュリスムの光と影

 「統治が行政・管理へ、あるいは共和政が官僚制へと変容し、それにともなって公的領域が破滅的なまでに収縮してしまったことには、近代を通じて長く複雑な歴史がある」(「暴力について」山田正行訳)。これは1960年代アメリカの学生反乱の意味を論じたハンナ・アーレントの文章だが、産業帝政はまさにこの歴史の始まりに位置するのではないか。彼女の言葉を借りれば「暴君のいない暴政」の歴史の幕開けである。なるほど、ナポレオン3世は「暴君」だったわけではない。ただ、そのこと自体は問題ではない。重要なのは、彼の背後で整備されていった行政権力、その強大化である。軍備を増強する一方、経済成長を進め海外進出も積極的に行なう人民投票型独裁制は、人民のなかに不満を広く蓄積させることはなかった。経済的繁栄と軍事的威光の面で人気取り的な政治手法は駆使したが、そこに独裁者による恣意的支配はない。むしろ、法令に基づく斉一な支配、あたかも「匿名の者の支配」があった。そこで演じる役者は凡庸でないとしても、カリスマではないことは確かだ。

 この連載では、ポスト革命期のフランスにおいて強い使命感を抱いて人民=民衆(プープル)に訴え続けた作家たちの精神史を解析しながら、ポピュリスムの実相を探ってきた。それは、立法権力が人民=民衆の声と乖離したとき、「預言者」によって唱導されたある種の純化運動(治者―被治者の同一化要求)だった。それはフランス革命後、統治層によって封じ込められたものの、7月王政の議会の信頼失墜によりマグマが噴火、2月革命が勃発した。ただ、人民共通の意志なる存在は擬制(フィクション)にすぎない。にもかかわらず、民衆がこれを実在・・と信じ特定の人びとの「支配」を拒否したとき、代わって人民の意思を僭称する指導者(人格)の統治が要請された。いわゆる「ポピュリズム」の登場である。その脅威は、(冷戦期の第3世界に多くの例を持つ)独裁的な指導者の抑圧的体制ではなく、むしろ国民が進んで・・・それを待望すること、その背後で肥大化し続ける執行権力にある。

 ポピュリスムの時代の到来。それは、近代革命後の政治が潜在的にはつねにポピュリスムを宿していることを告げている。代表制への信頼が損なわれるなら、このポピュリスム運動は顕在化する。それは、民主的正統性を求めた運動であり、民主主義の存在証明である。だが、この時代に図らずも明らかになったのは、民主・・は人民を代表・支配するものへの一定の信頼・・を必要条件とするのではないか、ということだった。

 民主主義は支配のない政治ではない。「人民」が政治的主体となるには媒介者が必要である。ラムネのような「預言者」なき後、その役を担うのは職業政治家であり、専門家としての代表者の支配への信頼は欠かせない。この信頼が揺らぐと、ポピュリスムが表面化するのは不可避だが、その信頼すべてが掘り崩ずされるとき、「民主」主義自体が葬られる危険がある。その責任は選ぶ者に劣らず選ばれる者にとって大きいだろう。

◇初出=『ふらんす』2014年3月号

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著者略歴

  1. 髙山裕二(たかやま・ゆうじ)

    1979年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(政治学)。現在、明治大学政治経済学部准教授。専門は政治学・政治思想史。『トクヴィルの憂鬱』(白水社)で渋沢・クローデル賞、サントリー学芸賞を受賞。『社会統合と宗教的なもの』(共編著、白水社)、『共和国か宗教か、それとも』(同)他。訳書に、カス・ミュデ/クリストバル・ロビラ・カルトワッセル『ポピュリズム』(共訳、白水社)他。

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