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髙山裕二「ポピュリスムの時代」

第10回 知られざる〈人民〉

人民表象をめぐる興亡

 『民衆の書』の著者は、カルヴァン派からは「最低の新教徒」、理神論者だと退けられ、無宗教の自由派(リベロー)からも同書は似非福音書だと手厳しい評価を受けた。こうして論壇で全方位的に批判が広がるなか、警察の手入れも受けたラムネだが、屈することなく、1839年末に『近代の隷従』De l’esclavage moderneを刊行、普通選挙を要求する。続けて、『国家と政府』Le Pays et le gouvernement (1840)を刊行し、7月王政批判を展開した。だが、これは反政府活動の罪を着せられ、1年の禁固刑、罰金2千フランが課された。1841年1月4日に入所、翌年1月3日朝に出所したが、公衆はこの囚人の存在を忘れかけていた。その日は、ベランジェら数人の友人がアパルトマンで帰還をひっそりと祝ったという。

 その後ラムネは『哲学の素描』Esquisse d’une philosophie(1841-6、全4巻)の執筆に専念、芸術や科学の新しい役割を示す一方で、福音書の仏訳(1846年)を刊行した。貧民街にあって民衆を扇動することはせず、その日・・・を待った。

 7月王政は35年に悪名高い「9月法」制定以来、言論統制を強めてきたが、反政府活動が衰退することはなかった。そもそもこの王政は、樹立当初から一部の富裕層が大多数の貧民を支配するという構造的矛盾を抱えていた。ただ、ブルジョアと民衆がこの頃2つの階級にくっきりと二極分解していたわけではない。そこで統治層にとっては、むしろ階級分化を表面化させることなく、民衆を取り込みながらブルジョア主体の支配体制をいかに築くかが課題だった。

 7月王政を代表する政治家、ギゾーFrançois Guizot(1787-74)は、この課題をよく理解していた。彼は42年8月18日の議会演説で、人民への直接の訴えはそもそも「虚構、幻影、偽善である」と喝破する。復古王政期すでに純理派(ドクトリネール)と呼ばれる自由主義者のリーダーと目されていたギゾーは、当初から、民衆を排除しながらその支持を調達する統治理論の構築に心を砕いた。それは、民衆を統御可能な統治客体にしたまま、その合意に基づいて一部の有識者が支配するという代議制である(Histoire des origines du gouvernement représentatif, 1821-2)。つまり、人民による・・・ではなく、人民(利益実現を政府が目指すことで正統性を担保する)統治だった。

 1847年の経済危機は、階級対立の顕在化を押さえ込むことが困難なことを明らかにする。だが、それでもギゾー政権は度重なる選挙制度改革の要求を退けた。このとき、諸階層を包摂する〈人民(プープル)〉の表象をめぐる興亡は、資本家と労働者という階級対立に取って代わられるだろう。

 

政治版宗教改革?

 人民表象をめぐる興亡は、7月王政に始まったわけではない。それは遅くともフランス革命にまで遡らなければならない。革命後まもなく統治層は政治権力の起源(正統性の在処(ありか))を極力隠し、民衆感情への直接的な訴えを避けるよう腐心した。そもそも、1789年人権宣言、次いで91年9月3日憲法では、主権は〈国民〉にあると規定され、人民(プープル)は国民(ナシオン)に変換された。93年6月24日憲法では、「主権は人民にあり」(25条)と初めて明記されたが、その後執政政府から第1帝政にかけて、「人民」は表見的支持を得る客体となって、主権からは巧妙に遠ざけられる。また、1814年に制定された復古王政の憲章になると、人民も国民も参照されず、ただ「フランス人」と言及された。

 「人民主権の理念は代表の理念を危うくする」(1816年)としたギゾーにとって、人民は一部の有識者によって代表されなければ統一することなく、無秩序のままでしかなかった。ゆえに、彼は当初7月革命の意味が認められなかったのだ。次の世代を代表するリベラル青年レミュザでさえ、「パリの住民をよく知らなかった」と回想している。さらに当初革命を主導したジャーナリストで、後に大統領にまで登り詰めるティエールが、まもなく革命を終息させる側に回っていたことを思い出してもいい。彼は国民・・に訴え、民衆感情に直接訴えることを避けた。彼らが指導的役割を果たす7月王政では、人民の王を自称したルイ=フィリップが法の統治を約束しただけで、新しい憲章でも「人民」は参照されなかった。

 ところが、統治層の手によって初めて「人民」に統一した像(イメージ)が与えられるという「神秘的」装置は、現実の人民(民衆)の声との齟齬が大きくなれば破綻を免れない。制限選挙制度を前提に、政治腐敗さらに経済危機が重なれば、その装置の脱神話化は止められない。そこで、この時代にそのズレの解消を目指した運動こそ、「ポピュリスム」だった。それは宗教改革にも比せられ、議会[教会]とその代表者[聖職者]という不純物・・・を廃棄し、民衆[信者]の真の声による政治[宗教]を目指した(Paolo Pombeni, «Typologie des populismes en Europe», 2007)。この純化運動は「宗教的」だったがゆえに、独特の熱気を帯びた。もっとも、彼らがみな代表の装置の撤廃を求めたわけではない。さしあたってラムネの主張も、その機能不全に対する反発、改善の要求だった。

 この運動のダイナミズムは、2月革命へと流れ込んでゆく。そして、48年11月4日憲法で「人民」への明白な参照が復活する。この日を待ったラムネも、雑誌『憲法制定人民』Peuple constituantを創刊、階級はない、「あるのはフランス市民だけ」だと宣言した。だが、その背後で階級対立が深刻化し、人民が1つの意志のもとに統合するようなことは困難になる。すると、統一した像(イメージ)を与えてくれるような存在を民衆が・・・待望するようになる。このとき、いわゆる「ボナパルティスム」という――今日われわれにとってより馴染みのある――ポピュリズム・・・・・・の問題に直面することになるだろう。

◇初出=『ふらんす』2014年1月号

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著者略歴

  1. 髙山裕二(たかやま・ゆうじ)

    1979年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(政治学)。現在、明治大学政治経済学部准教授。専門は政治学・政治思想史。『トクヴィルの憂鬱』(白水社)で渋沢・クローデル賞、サントリー学芸賞を受賞。『社会統合と宗教的なもの』(共編著、白水社)、『共和国か宗教か、それとも』(同)他。訳書に、カス・ミュデ/クリストバル・ロビラ・カルトワッセル『ポピュリズム』(共訳、白水社)他。

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