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加賀野井秀一「メルロ=ポンティを読む」

第3回 「知覚」への投錨と「地の上の図」

 失楽園を経験し、起源に立ち戻ろうとするメルロ=ポンティの哲学は、みずからに問いかけ、少年であった彼に、幼児であった彼に、最初に与えられたものは、そも何であったのかと遡及していくことになるのだが、この歩みは、つまるところ、あらゆる認識の端緒となる「知覚」というものにたどり着く。もとより、実生活と哲学との関わりなど、さほど単純なものではありえないが、メルロ=ポンティの場合には、両者が実にしっくりと相和しているのである。

 前回ふれておいたように、こうした知覚の主題化は、すでに彼25歳の時の研究計画書に現われており、そこでの彼は、この知覚を起爆剤として、哲学や心理学の概念をすっかり「鋳直す」決意まで表明している。だが、それにしても、どうして彼は知覚に投錨し、これにそれほどまでの賭金を積むことができたのか。おそらくその背景には、ベルクソンの影響があったものと思われる。

 もっとも、『物質と記憶』あたりを見る限り、ベルクソンにおける知覚は、せいぜい「現実的行動の中心」(=身体)によるイマージュの縮減でしかなく、これにそれほどの重要性は割り振られていないのではないかという反論もあるだろう。だが、ベルクソンの知覚には他の一面も見られるのであって、1911年になされた講演「変化の知覚」には、それがはっきりと示されていた。そこでのベルクソンは「概念的思考はどんなに抽象的であっても、出発点はいつも知覚の中にある」と宣言している。そして、知覚を掘り下げ、拡張していけば、感覚や意識によって与えられたものを少しも犠牲にすることなく、ついには自分の外に何一つ残すもののない統合的な哲学を得られるだろうと説くのである。どうやらメルロ=ポンティが援用していたのは、こちらの知覚であったらしい。

 ことほどさように、青年期のメルロ=ポンティに対するベルクソンの影響は大きく、高等師範学校École normale supérieure 受験クラスの2年目に、彼は熱心にベルクソンを読んでいたという証言もあり、さらに1929年には、某ガールフレンドに、ティボーデの『ベルクソニスム』を読むよう、しきりに勧めていたとも伝えられているのである。

 ま、それはともかく、こうした知覚への投錨を果たしたところで、さらに彼は、精力的に現象学関係の文献をも渉猟し始めることになる。それもそのはず、知覚研究と現象学との相性は抜群なのだ。知覚とは、私と世界との原初的インターフェイスであり、すべての認識は、これを通じて私の中にやってくる。一方で、現象学とは、創始者のフッサール以来、意識に現われてくるものを一切の先入見なしに考察する学問であるとされている。両者の親和性は言わずもがな。知覚に生じる事柄を、現象学的に記述する。メルロ=ポンティの端緒への問いかけに、これほどふさわしい道具立ては望めまい。

 とはいえ、それだけの説明では、いらぬ誤解を生むのは必定。なあんだ、そんなことなら、たかだか「存在するとは、知覚されていることであるesse est percipi」と唱えたバークリの焼き直しではないの、という声が聞こえてこないとも限らない。もちろん、メルロ=ポンティの知覚は、森羅万象を観念化するバークリの知覚などとは比ぶべくもないのだが、そこをきちんと把握するためには、知覚の構造について語る次の一節を参照しておく必要があるだろう。


いま、同質の地(じ)の上に白い染みがあるとしよう。染みのあらゆる点は、一つの〈図〉を描き出すという一定の〈機能〉を共通にもっている。図の色は地の色よりも密になっており、いわばより抵抗が強いから、白い染みの縁の部分は、図の方に〈所属〉するのであって、隣接しているにもかかわらず地とは結びつかない。染みは地の上に置かれたように見え、地を中断しはしないのである。[地と図の]各部分は、自分が実際に含んでいる以上のものを告知しており、したがってこんな初歩的な知覚でも、もうすでに一つの意味・・sensを担っているわけである。[…]「地の上の図une figure sur un fond」というのがわれわれの手に入れ得る最も単純な感性的所与である、とゲシュタルト理論はわれわれに教えてくれた[…]。知覚上の〈或る物〉は、いつも他の物のただなかにあって、いつも一つの〈領野champ〉の一部分となっている。だから真に同質的な砂浜のようなものは、知覚すべき何ものも・・・・・・・・・提供しないために、どんな知覚の・・・・・・対象ともなり得ないのである。
(『知覚の現象学』Ⅰ, 30-31)


 いかがだろうか。あるものを知覚するということは、実は、そのものだけに関わる直接的な行為ではなく、他のものを介し、他のものを「地」として眠らせながら、そのものを「図」として浮かび上がらせる間接的な作用なのであって、この「図」は、すでにして一つの意味を担っているというわけだ。

 私はある人の顔を見る。この時には、顔が図となり他のすべては地となって眠り込む。だが次の瞬間、その目が異常に充血していることに気づき、私はそこを注視する。今度は目だけが図となり、顔全体も地として退くことになるだろう。つまり、知覚とは、そのつど世界に向けてカメラのピント合わせをしているようなものであり、ピントを合わされる世界の方は、知覚によって観念化されるようなものではありえない。

 こうして、端緒を問おうとするメルロ=ポンティは、ベルクソン、現象学、ゲシュタルト心理学の後ろ盾を得ながら、知覚に投錨し、いよいよ哲学界にデビューすることとなるのである。

◇初出=『ふらんす』2018年6月号

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著者略歴

  1. 加賀野井秀一(かがのい・しゅういち)

    中央大学教授。著書『メルロ=ポンティ 触発する思想』『猟奇博物館へようこそ』、監訳『メルロ=ポンティ哲学者事典』

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