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倉方健作「ふらんす90年」

第12回 1974年3月号


1974年3月号

 1964年4月に観光目的の渡航が自由化されると、外国への旅行は次第に一般化し、1972年には海外渡航者が100万人を越えた。この時期の読者たちは雑誌『ふらんす』の向うに、自分自身がフランスに降り立っている姿を見ていたようだ。

 顕著なのは私費留学の増加である。1972年1月号には日仏文化センターの安川千鶴子による「フランス留学案内 私費留学の場合」が掲載された。留学先の選定、入学手続き、宿舎、学生食堂、生活費といった諸々が簡潔にまとめられているが、筆者は計画不足、とりわけおぼつかない語学力での渡航に繰り返し警鐘を鳴らしている。「最後に、出発前にもう一度留学の目的の再確認と、留学中の計画をできるだけ検討することが必要でしょう。[…]言葉ができなくても何とかなる、という安易な気持で出発しないように。現地での学校への登録、C.R.O.U.S.での宿舎の斡旋を受ける場合、いずれにしても日常会話をすでに要求されているのですから」。なお、日本人学生はパリやグルノーブルに特に多いものの、トゥールのような都市の語学研修所にも月平均40名が登録しているのには驚かされた、と記事にある。

 需要が多かったと見えて、同じ筆者による「留学相談」が同年4月号から始まった。「フランスの大学を卒業したい」(7月号)、「帰ってきて通訳をしたいのですが」(10月号)、「フランス語の先生になれますか?」(11月号)といった質問への返答はいずれも否定的である。筆者は夢ばかりを膨らませる留学生に現実を突きつけ、安易な人生設計を戒める。また「自分の生命と財産を守ることの厳しさ」も強調されている。「なるほど昨年1年間で180万人の日本人が海外へ出ました。今年は200万人をこすでしょう。しかしあなたはその1/200万、いつも1人ぼっちです。海外で出会った日本人が親切にしあったのは、やはり日本人が珍しい時期まででした。今では、日本人を相手に詐欺をする日本人さえいるのです。たとえパリの大通りであなたが倒れていたとしても、見ずしらずの日本人たちは、ただ笑いさざめいて、あるいは知らぬ顔をして、通りすぎて行くでしょう」(1973年3月)。ともあれ1年間の連載はこう結ばれるのである。「ではBon Voyage !」。

 1970年代前半の『ふらんす』には「フランス文学」の元気の良さも感じられる。1972年4月号から始まった篠沢秀夫の連載「今日のフランス文学20年」では「いまさらサルトル、カミュでもあるまい」として、30名以上の現役作家が生年順に紹介された。第1回は1902年生まれのサロートと1903年生まれのクノー、最終回の1973年3月号は1936年生まれのソレルスと1940年生まれのル・クレジオを取りあげている。こうした「新しい」フランス作家たちの作品は当時次々と翻訳されていた。白水社の海外文学叢書「新しい世界の文学」は、1963年のデュラス『アンデスマ氏の午後 辻公園』から1978年のペレック『物の時代 小さなバイク』まで81冊が刊行されたが、その約4割にあたる32冊がフランス語作品である。

 1973年4月からの1年間、「新しい世界の文学」の装丁デザインも担当した詩人・北園克衛(1902-78)が『ふらんす』の表紙を手がけた。ジャリの『ユビュ王』(なぜか英訳のようだが)、セゲルス社「今日の詩人」叢書のツァラ、ワルドベルグとナドーのシュルレアリスム史… 積み重ねられた背表紙は、噴出する「現代文学」の脇を流れる、もうひとつの水脈を静かに映している。

***



 「ふらんす90年」とタイトルに掲げたものの、最初の50年を駆け足で概観するのがやっとであった。ところで月刊誌が90年続けば、刊行ペースの乱れが多少あったにしても、その通巻は1000号を越えているに違いない。「臨時増刊」「別冊」の類いは別にして計算してみよう。1925年1月の創刊号から1943年までは毎月刊行、終戦前後は1944年10号、1945年休刊、1946年7号、1947年9号、1948年11号である。1949年以降は再び毎月刊行、ということは ―『ふらんす』は2010年3月号で記念すべき通巻1000号を(人知れず)迎えていた! 2016年3月号は通巻1072号である。どうやら通巻2000号はかなり先となってしまうが、その前にキリ良く『ふらんす』100年を寿ぐ機会、2025年を楽しみに待つこととしたい。

◇初出=『ふらんす』2016年3月号

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著者略歴

  1. 倉方健作(くらかた・けんさく)

    東京理科大学他講師。19世紀仏文学。著書『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』(共著)

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