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倉方健作「ふらんす90年」

第3回 1928年10月号・1928年11月号

 
1928年10月号・1928年11月号

 創刊から3年9カ月『ラ・スムーズ』と名乗っていた雑誌は、1928年10月号をもって『ふらんす』に看板を架け替えた。現在まで続く、なじみ深い誌名の登場である。

 前号までの「種蒔く女」に代わって、表紙には朝日を背にした雄鶏のシルエットが力強く描かれている。雄鶏はフランス(ガリア)の最も古い象徴のひとつとして知られる。「雄鶏」と「ガリア人」がラテン語では同じgallusであることに由来する、2000年近い歴史を持つ地口である。だが、赤黒2色の表紙は、独立不覊の剛毅を示してはいるものの、「種蒔く女」が湛えていた優美さ、柔和さからは遠ざかったという感は否めない。そのためか、早くも翌号からは別の「女性」が表紙を飾った。1889年に生まれた新たなフランスの象徴、身長300メートルの「鉄の貴婦人」ことエッフェル塔である。完成から39年が経過した当時も、人造建造物としてはなお世界一の高さを保ち続けていた(2年後の1930年にマンハッタンのクライスラー・ビルディングにその座を譲る)。新たにデザインされたタイトルの文字とも相まって、黄褐色とブルーの配色は表紙に軽快な印象を与えている。これはエッフェル塔の実像にも近い。完成時に茶褐色だった塔は、ブラウンオーカー、オレンジから黄色への5段階グラデーション(!)を経て、1907年からは黄褐色に塗られていたのである。これが1954年に赤褐色へと転じ、1968年以降は「エッフェル塔褐色」と呼ばれる特別色を身にまとってパリの空の下に屹立している。

 ところで新たなタイトルが『ふらんす』となった経緯はどのようなものだろうか。10月号の編集後記を見てみよう。「創刊後、三年と九ヶ月を過した『ラ・スムーズ』は、此の月から御覧の通りのものに形を改めた。形ばかりではない。中身までも相当に新しい物を採り入れたのである。読者に取つても、編集者に取つても、手軽な物を作らうといふのが改新の要旨で、ひちやかましい理屈は別にない。」「表題の『ふらんす』は、新たに頭をひねつた名ではない。大正十年ごろ、白水社から発行されて、仏語界の牛耳を握つてゐた同じ目的の雑誌の名を甦らせたのである。編集者に取つては、心の故里に帰つて来た気持である。『ラ・スムーズ』の名は美しく捨て難い。『ふらんす』の名は、懐しき物の極みである。」

 つまり『ふらんす』というタイトルの雑誌を白水社が刊行するのは初めてではなかったのだ。『ラ・スムーズ』以前に存在したこの雑誌を、第一次『ふらんす』、と仮に呼ぶことにしよう。その創刊号の刊行は1921年10月である。新聞広告において「我国唯一の仏語雑誌」と胸を張る第一次『ふらんす』は、『ラ・スムーズ』とはやや毛色が違う。創刊号の巻頭に名を連ねているエミール・エック、アンリ・アンベルクロードは東京帝国大学文学部仏蘭西文学科のフランス人教師であり、内藤濯、後藤末雄、新城和一、山本直文、鈴木信太郎らは同科の1910年代の卒業生である。同窓の福岡易之助が興した白水社に彼らが刊行を持ち込んだものだろう。なお、当時既に母校の助教授となっていた辰野隆の名前が見られないのは、フランス滞在中(1921年4月から1923年3月まで)のためと思われる。

 出版社を同じくし、執筆者も重なってはいるものの、第一次『ふらんす』と『ラ・スムーズ』とは、系譜上は直接の関係を持たない。現在の雑誌『ふらんす』(つまり第二次『ふらんす』である)の90周年も『ラ・スムーズ』創刊から数えている。第一次『ふらんす』は第三号を最後に刊行を停止した。理由はいくつか考えられるが、やはり読者が限られていたのが最大の原因ではないだろうか。第一次『ふらんす』創刊の1921年と、『ラ・スムーズ』が創刊された1925年、この4年の差は大きい。私立大学が次々に誕生し、フランス語・フランス文化への一般の興味も急激に上昇した時期にあたる。そもそも、あまりに同人誌然としていた第一次『ふらんす』と、「無名会」を基盤に幅広い人脈を集めた『ラ・スムーズ』とでは、間口の広さにおいてかなりの差があると言っていい。

 『ふらんす』への改題とともに誌面にもたらされた改革についてはこれから見て行くことにしたい。ただ一点、新たな船出を大いに勢いづけ、読者から最も好評を得た改革だけには言及しておこう。1928年10月号から、雑誌の定価は50銭から30銭へと大幅に値下げされた。文字を小さくし、ページ数を若干減らしてはいるが、4割引というのは破格である。90年の雑誌の歴史上、唯一の値下げ断行ではなかろうか。

◇初出=『ふらんす』2015年6月号

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著者略歴

  1. 倉方健作(くらかた・けんさく)

    東京理科大学他講師。19世紀仏文学。著書『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』(共著)

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