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倉方健作「にわとり語学書クロニクル」

第9回 和文仏訳・仏作文

 「和文仏訳」と「仏作文」はどう違うのか。日本語の原文が存在するのが前者でフランス語から文章を作りはじめるのが後者、あるいは他人の文章を訳すのが「和文仏訳」で自分自身の思考を伝達するのが「仏作文」──と考えていたのだが、結論から言えば、あまり区別されずに使われているようだ。たしかに最初からフランス語で思考できるのならば語学書も必要ないだろう。日本語を母語とする学習者が経験する自然なフランス語を書くための格闘は、「和文仏訳」と呼んでも「仏作文」と呼んでも変わりはない。

 そのような「和文仏訳」と「仏作文」だが、いずれも日本で初めて本のタイトルに用いたのは白水社であった。「和文仏訳」のほうが早く、板倉貞男『例解和文仏訳法』が大正時代の 1923 年に刊行されている。著者は東京外国語学校仏語科を 1908 年に卒業、刊行時の肩書は「海軍大学校嘱託教授」であった。「自序」によれば稿を起こしたのは第一次世界大戦が勃発した 1914 年、以降ほぼ 10 年に及ぶ苦心の結晶だが、この間、1918 年から 3 年間パリに在留した経験が執筆に大いに役立ったらしい。巻頭の「例言」にはこうある。「翻訳の要訣は、或る国に特有なる文章を用ひて、他国の文章の真意義を表出するにあり。乃ち邦文を仏訳するに当りては、先づ充分に邦文を咀嚼玩味し、因って体得したる真意義をば、文法の規則に遵(したが)ひて、仏文特有の文体化することに努むるを緊要とす。彼の徒(いたづら)に言文の語辞に拘泥し、章句の末節にのみ齷齪(あくせく)して、為めに自ら求めて訳文に渋滞の跡を遺すが如きは、吾人の決して採らざる所なり。要するに「仏文らしき仏文」を草するは「邦文仏訳」の上乗にして「邦文らしき仏文」は切に之れを避くべきなり」。言葉は厳めしいが、指摘そのものは現在の学習者にも当てはまる。文法事項ごとに例文と試訳・注釈が示され、その後に練習課題が置かれている『例解和文仏訳法』は、現代とは多少の文法用語の相違はあるものの、解説も丁寧で、腕試しとしていまも充分に役に立つ。国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されているので、気になる方はぜひ挑んでいただきたい。10 年後の 1933 年には「仏作文」を掲げた最初の語学書、杉田義雄・吉田進『高等仏作文研究』があらわれている。こちらは『ふらんす』と、その前身『ラ・スムーズ』の連載をまとめたもので、巻末には旧制高校や大学、公務員試験の仏作文問題の解説も付いている。


『高等仏作文研究』

 その後も「和文仏訳」「仏作文」の語学書はたびたび刊行された。それらの多くは、達人が秘技を伝授するような趣きを湛えている。心構えを示す「道場訓」めいた標語が巻頭で掲げられ、続いて状況に即した個別の技術指導が繰り返される。どこか仏作文「道」といった重みさえ感じられるが、そうした形式を打ち破ったのが、大賀正喜著、大阪日仏センター編『書きながら考えるフランス語 仏作文の授業ライヴ』(1985)である。著者は「はじめに」でこう語る。「思えば仏作文の授業ほどリスクの大きい、恥多き授業はない。聴講者から思いがけない質問を浴びせられて立ち往生する場面もしばしば生じる。しかし、なぜあえてそれをやるのか? 答えは単純である。その中に、教師、生徒が一体となって共に学ぶ者となる無上の楽しみがあるからだ。授業の最中に予想もしなかった発見があり、フランス語という神秘な有機体の襞を一枚一枚開いて行くゾクゾクするような喜びがあるからだ」。教えること、教わることをそれぞれに楽しむ、一体感に満ちたドラマチックな場を再現した「授業ライヴ」は、熱気溢れる教室に自分も座っているかのような感覚を読者にあたえ、多くの発見のよろこびをもたらしてくれる。


『書きながら考えるフランス語』

 この本には 2 冊の続編がある。ガブリエル・メランベルジェとの共著『和文仏訳のサスペンス 翻訳の考え方』(1987)は、『書きながら考えるフランス語』で著者が試訳をつけた文章に、フランス人の共著者も訳文をつけて、両者を付き合わせて討論するという趣向である。いわば前作の「教師」が立場を変えて添削を受けている格好だが、この「生徒」は日本語を読み込んでフランス語の文法を駆使する点では「教師」にまったくひけをとっていない。「共に学ぶ者」が和文仏訳の過程で交わす議論には興味が尽きない。1989 年の『方法としての仏作文』はふたたび「授業ライヴ」の体裁をとり、一見して第 1 作の正統な続編のようだが、著者は「はじめに」で、そうではない、と断っている。「この『方法としての仏作文』が『書きながら考えるフランス語』のたんなる続編でない理由は、出来あがった表現モデルよりも、表現モデルにいたる過程をさらに方法的に追求した点にあることを強調しておきたい。」「教える者も本来は学び続ける者であるのだから、教える者と教えられる者がたえずこのような緊張関係にあることは学問の進歩にとって必要なことではないだろうか」。

 1980 年代にあらわれた、まさに三連ピラミッドのごとき「和文仏訳」「仏作文」の金字塔は、現在はいずれも絶版となり、古書店でもあまり見かけることがない。残念である。

◇初出=『ふらんす』2016年12月号

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著者略歴

  1. 倉方健作(くらかた・けんさく)

    東京理科大学他講師。19世紀仏文学。著書『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』(共著)

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