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倉方健作「にわとり語学書クロニクル」

第4回 問題集

 フランス語の問題集とひとくちに言っても、体裁はさまざまである。もし大別するならば、各種試験の突破のための過去問題集・模擬問題集と、文法事項の理解度を確認するための学習用問題集となるだろうか。


『フランス語選抜試験問題集』(1936年版)

  白水社最初のフランス語問題集は前者に属する。『大学・高等・専門学校 仏蘭西語選抜試験問題集(昭和十年版)』(1935)は、タイトルのとおり、大学(東京帝国大学法学部・経済学部・文学部仏蘭西文学科、大阪商科大学)・高等学校(一高、三高、大阪、浦和、福岡、東京、静岡)・専門学校(東京外国語学校、大阪外国語学校)のフランス語入試問題を集成したものである。昭和 6 年度から 10 年度までの問題をまとめただけで、模範解答も解説もない。文字通りの「問題」集である。『ふらんす』誌上の広告では「試験問題の方向を認識して受験準備の指針にそなへられよ!」と謳っているが、ざっと見ると、各校とも試験は仏文和訳、和文仏訳、ディクテが中心で、狭義の文法問題は稀であったようだ。国立国会図書館デジタルコレクションによってインターネット上に公開されているので、興味のある方はご覧頂きたい。なお、この本は昨年作成された『白水社百年のあゆみ 出版総目録』のリストからはなぜか漏れている。

 戦前の白水社の出版物で「問題集」にあたるものは、他には井上源次郎『仏文和訳試験問題研究』(1937)を数えるのみである。実際のところ、当時のフランス語試験対策は、『ふらんす』本誌を読むに如くはなかった。毎年、編集部が八方手を尽くして入手した問題が掲載されたほか、1933 年からは「試験問題研究講座」の連載も開始された。入学試験ばかりでなく、文部省中等教員・高等教員検定試験、外務省留学生採用試験、仏国政府留学生試験、外交科仏語試験などの問題も随時誌面に登場したため、読者のなかには文化系の記事を読み飛ばして、『ふらんす』を単に問題集として扱っていた者もいたに違いない。勤務先の九州大学で旧制福岡高校の蔵書印があるバックナンバーを参照したが、1931 年 8 月号の「東京帝国大学法学部入学試験問題研究」をはじめ、数ページが破り取られていた。まったく不心得である。

 次に白水社から刊行された試験問題集は、半世紀後の『フランス語共通 1 次試験問題集』(1985)である。やがて『フランス語大学入試センター試験問題集』に名称を変えて、2001 年まで定期的に刊行されていた。語学関連の唯一の国家資格「通訳案内業」(現在は「通訳案内士」)のために滑川明彦『あなたにもできる フランス語通訳ガイド』(1987)も出版されていたが、こちらも 2004 年版でストップした。現在も刊行されている試験問題集は、1981 年に始まったフランス語技能検定試験、いわゆる「仏検」対策のみである。仏検関係の語学書では後発組であった白水社は、2004 年にはじめて『仏検対策 5 級問題集』を刊行し、2012 年の『仏検対策 1 級・準 1 級問題集』で各級が出揃った。


『フランス語練習問題3000題』

  試験対策ではなく、文法事項の確認と定着を目的とした学習用問題集は、白水社では野村二郎『フランス語練習問題 1000 題』(1966)が最初のようだ。その後『試験問題 1000 フランス文法総まとめ』(1968)を経て『フランス語練習問題 3000 題』(1972)が同著者によって編まれている。この「3000 題」は私も学生時代に使ったが、巻頭の一節には励まされた。「10 点満点中 10 点をとれば「先がこわい!」とフランス人はいいます。全部まちがえると、ちょっと前途が心配ですが、8 割程度の点数がとれれば、フランス人は「可能性のあるすばらしい人間よ!」と申します」。3000 問中600 問くらいなら間違えてもかまわないのだ! このほか新倉俊一『問題本位フランス文法』(1975)、滝川好庸『基本フランス語問題集』(1981)なども問題集のロングセラーとなった。試験前の勉強の伴侶とした学生も、また試験問題作成にあたって参考にした教員も多いのではないだろうか。


『実習フランス語教程』

  厳密な意味での問題集ではないが、「練習問題 2000」の副題を掲げた京都大学フランス語教室『実習フランス語教程』(1980)の「まえがき」に、問題を解くことの重要性が強調されている。「これらの練習問題を大別すると、「馴れ」を要求する機械的な問題と「理解」を要求する問題の 2 種類がある。新しい外国語を習得するためには「反復練習による馴れ」と「文法構造の正確な理解」が要求されるが、この両面を、練習問題を忠実に解くことで養ってほしい」。

 現在も白水社から学習用の問題集が多数刊行されているが、「1000 題」「2000 題」「3000 題」は、残念ながらもはや新本では入手できない。ゼロの多い数字がかえって読者をひるませてしまうのだろうか。しかし、解いた練習問題が多ければ多いほど、語学力の定着にも、自信の獲得にも繫がるのは間違いない。ここはひとつ「学校出てから十余年、解いた問題が五万題」くらいのことを言って胸を張ってみたい。

◇初出=『ふらんす』2016年7月号

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著者略歴

  1. 倉方健作(くらかた・けんさく)

    東京理科大学他講師。19世紀仏文学。著書『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』(共著)

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