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おおくぼとものり「おるたな・ふらんせ」

第7回 あとだしの「みたいな」か、genreでフライングか

 前回は、日本語での「…みたいな」の文末の使用(「ざけんなよ、みたいな」みたいな)は、「みたいな」以前にいわれた内容を、そのままひきうけるわけではなく、そんなふうにいいそうな状況だと、ワンクッションおいたものにかえるはたらきがあり、それとおなじようなことをフランス語ではgenre という語を文頭におくことによってできるということにふれた。

 フランス語の名詞genreは、「ジャンル」として、日本語話者にとってなじみのある外来語のひとつだが、もとの意味は「ジャンル」以上に多様で、一般的な「種」「タイプ」の意味もあれば、いわゆる「文法性」(男性名詞・女性名詞の区別)も、これを生物学的性と区別するためだろうか、genre grammaticalという。また、ここ数十年のあいだに日本語にも定着してきた英語の「ジェンダー gender」の語も、フランス語では同語源のgenreという。

 さて、フランス語のgenreの「みたいな」用法は、おそらくこの語の以下のような用法がもとになっているとおもわれる。

 C’est un type(du)genre homme d’affaires.「ビジネスマンっぽいヤツだ」

 genre の直後には、名詞か形容詞がそのまま同格的におかれて、さらにgenre...句そのものが同格的に先行の名詞にかかることでduも不要になってきた。あくまで推測だが、そこからさらにgenreのあとには文もおけるようになり、最終的にはgenre句がかかる名詞が(「みたいな」がかかる名詞がいわれないのとおなじような原理で)いわれなくなった。そんなわけで、Genre je ne sais pas comment faire pour en finir avec ce type.「あのオトコとどうすれば別れられるのかわかんない、みたいな」のようないいかたが、いつごろからかされるようになったのではないだろうか。

 「みたいな」とgenreのいちばんのちがいはというと、「みたいな」は文末におかれ、genreは文頭におかれるものであるということ。ひととおりいってしまった文内容をひきうけるつもりないからねと最後にポロッとやるのが日本語、最初にいっとくのがフランス語ということである。もちろんこれは両言語の構文上の規則からきまることだが、なんだかちょっと日本語のほうがいさぎよくないかも、とおもういっぽうで、しばしばあいてのはなしを最後まできけないおくにがらでは、最初に態度表明しとくのが誤解をふせぐのに便利だったりするだけなのかも、などとおもってしまった。

◇初出=『ふらんす』2015年10月号

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著者略歴

  1. おおくぼとものり(おおくぼ・とものり)

    関西大学教員。仏語学・言語学。

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