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おおくぼとものり「おるたな・ふらんせ」

第5回 ことばとのわりきったオトナのカンケイ?

 こどものころ、ゆかにおきっぱなしの新聞のうえを、なにもかんがえずにふんであるいたりしてしまい、「コレ、文字をふんではいけません」と母にしかられるということがよくあった。「ことだま」という概念があるけれど、日本語では、そのぐらい、ことばがただことばである(それがどういうことかはいま問わないとして)以上に、そこにいのちがふきこまれている気がする。

 そういう言語なので、日本語は「差別用語」にもそれなりに敏感で、当該の単語や表現がもっている意味内容だけでなく、それらが使用された状況の記憶のようなものまでもがべっとりとことばにはりついているせいで、もうつかわれたくないというものもかなりある(そして、日本語がそういう言語である以上、そういう表現がそれでも差別用語として廃絶されるべきものであることに筆者はつよく同意する)。

 なんだかしかめつらしくかきすすめてきたが、今月で下ネタを完結せねばである。フランスには、カフェごはんの定番メニューでcrottin de chèvre au four、つまり「やぎのウンコのオーブン焼き」(ガーん、フランス語っておしゃれなことばじゃなかったの!?)という料理がある。日本語なら、どうがんばってもNGまちがいなしのネーミング。シャビニョルという村のやぎのウン…、ではなくヤギのミルクでつくったチーズが、そのコロコロしたかたちからcrottin de chèvreと無邪気によばれ、それをトーストといっしょにオーブンにいれ、とろっとしかけたところでとりだして、おすきなグリーンサラダをつけあわせていただくもので、においにクセがあること(いや、そうじゃなくて、ヤギ乳独特の)さえ気にならなければ、とてもおいしいランチメニューになる。crottin de chèvreで画像検索しても、もはやそのチーズの写真しかでてこないし、おそらくフランス語ネイティブにとっては、これはもうcrottindechèvreと個々の意味に分解できない、ころんとしたかたまりになっているのかもしれない。

 こういうのを本当にそういっていいのかとまどうが、フランス語は、単語そのものと実世界のあいだに、どこかサバサバとわりきった関係がある気がする。米語圏では「政治的公正さpolitical correctness」といわれて、差別用語とされるリスクのある用語の使用がこまかく規制されている。フランス語にもそういう配慮がないとはいえないのだが、圧倒的にゆるい。ことばの世界はことばの世界ですから的達観があるのかないのか、「おるたな・ふらんせ」をもうすこしながめつづけてみよう。

◇初出=『ふらんす』2015年8月号

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著者略歴

  1. おおくぼとものり(おおくぼ・とものり)

    関西大学教員。仏語学・言語学。

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