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中村隆夫「19世紀のオカルティストたち」

第6回 ジョゼファン・ペラダン 世紀末のマルチタレント

 19世紀フランスのオカルティストで最も大きな影響力を持っていたのは、ジョゼファン・ペラダン(1858 -1918)だろう。彼の肩書きを列挙すれば詩人、小説家、劇作家、美術評論家、文芸評論家、美学者、オカルティスト等々である。

 全21巻の小説群から成る『ラテン的頽廃』、全7巻から成る『死せる学問の階段講堂』、全6巻から成る『薔薇十字の演劇』の他、『観念と形体』の表題の下に集められたさまざまな評論群など、彼の著作は膨大な量に及ぶ。『ラテン的頽廃』の最初の作品『至高の悪』(1884)はフランスやベルギーで大成功を収めた。序文で『悪魔のような女たち』の著者バルベー・ドールヴィイ(1808-1889)は次のように絶賛している。「我々を取りまいている嘆かわしい小説の中で、我々が予期しなかったもの、他の作者の語り口には見られない小説がひとつある!『小説』という概念が低俗化し、それが現在でも横行し、やがて堕落してしまう運命にある現在の小説が持っている卑俗さから我々を救い出してくれるものが、この1冊である」

 ベルギーではエミール・ダンティーヌが次のような評を寄せている。「文学の伝統と潮流から決別し、今まさに終焉を迎えようとしている自然主義と、まだ理解されていない象徴主義の始まりの時期にあって、ほとんど叙事詩的でややロマン主義的傾向を持つこの神秘的な小説は成功をおさめている。エリートたちにとっては驚愕、他の人たちにとっては啓示となった。バルベー・ドールヴィイの共鳴と彼の見事な文体、バルザックの物語性を、ヴィリエ・ド・リラダンが先鞭をつけた呪われた学問(著者註=隠秘学)に通暁した知識、神秘に対する感覚、パピュスの通俗化を凌駕するオカルティスムが、純朴な読者を感嘆させるだろう」。

 この才能あふれるペラダンだが、世間の目には胡散臭く映ったことも事実である。風貌からして真っ黒な髪と髭をもじゃもじゃに伸ばし、本名のジョゼフ=エメ・ペラダン改め、古代バビロニアの王サール・メロダク・バラダン(Sâr Mérodack-Baladan)にあやかってサール・メロダク・ジョゼファン・ペラダンと名乗り始めたのは1890年頃で、服装は東洋風の繻子の踝まであるマント、あるいは聖フランシスコ修道会のような服装に身を包んだ。そして話しっぷりは大仰であった。神秘的な雰囲気をかもし出そうとしていたのであろうが、やり過ぎといった感がある。

 この偉大なるペラダンは突然変異的に誕生したのではない。神学者、ジャーナリスト、説教師であった彼の父ルイ=アドリアン・ペラダンは、ノストラダムスの予言、ロシア皇帝アレクサンドル1世の早すぎる死を予言したアンナ・マリア・タイギ(1769-1837)らの予言に満ちたアンソロジーを出版し、思想的には正当王党派で教皇権至上主義者であった。しかし彼はキリストがゴルゴタの丘に十字架を担いで登った際に肩にできた傷を聖なるものとし、「聖なる羊の肩肉」を礼拝することを主張したが、ローマ教皇から信仰の禁止令が降りた。いわゆる「聖なる羊の肩肉事件」である。そんな彼だが、教皇から簡略勅書を受け取ったり、サン=シルヴェストル騎士章を授けられたりもしている。

 ペラダンには14歳年上の兄アドリアンがいた。彼は父よりも独創的で、ペラダンに大きな影響を与えた。端正な顔つきで、町を歩けば黄色い悲鳴が上がるほどのイケメンだった。12歳にして『花の詩的な物語』を執筆し、16歳のときエンジニアで神秘的カトリックかつ王党派のシャルル・イポリット・ド・パラヴェイ(1787-1871)の下で学び、医学やさまざまな神秘主義の知識を深めていった。特にメスメル(1734-1815)の動物磁気やハーネマン(1755-1843)のホメオパシーに精通した。神秘主義に関心の強かった彼はトゥールーズの薔薇十字の秘儀を受け、そのメンバーたちとも親しく交わった。

 1885年9月29日、兄のアドリアンは調剤師のミスでスキトリーネの毒によって41歳の若さで世を去った。ペラダンは兄アドリアンから多大なる神秘主義の薫陶を受け、『ゾハール』、パラケルズス、ドイツ・ルネサンス期の神秘主義者ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ、エリファス・レヴィらの著作を読むことを勧められた。ペラダンがさまざま事柄を書き留めたこの時期の「ヘルメス思想のパンデモニウム」と題されたノートには、後に執筆される『至高の悪』の下書き部分が見られる。

 ペラダンは『死せる学問の階段講堂』中の『カトリックのオカルト』に次のように書いている。「キリスト教誕生以前は、オカルトは神殿の奥深くに封印されていた。祭司と魔術道士は同じ人物であった」。「キリスト教誕生以後は、祭司と道士は互いに無視し合い、袂を分かつ際にふたつに引き裂かれていた真理の半分ずつを執拗なまでに守り続けいている」。彼の神秘思想はここに見事に集約されている。すなわち魔術とキリスト教の融合である。他にもアンドロギュヌスという重要な概念があるが、これについてはいずれまた言及することにしたい。

◇初出=『ふらんす』2016年9月号

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著者略歴

  1. 中村隆夫(なかむら・たかお)

    多摩美術大学教授。訳書カバンヌ『ピカソの世紀』『続・ピカソの世紀』

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