第1回 魔術の世紀
19世紀は万国博覧会の世紀だ。1851年のロンドン万博は世界初の万博で、長さ約564mの鉄骨とガラスでできた巨大な温室のような建物クリスタルパレス(水晶宮)がロンドン万博のシンボルとなった。1853年のニューヨーク万博では、E.G.オーチスのエレベーターが人々の目を奪った。たくさんあるので少し間引きすることにしよう。1873年のウィーン万博では、映画『第三の男』で有名な観覧車がお目見えした。これは現在でも健在だ。1876年のフィラデルフィア万博では、A.G.ベルの電話が初めて一般公開され、ミシン、タイプライターなども好奇の目を惹いた。1889年のパリ万博ではエッフェル塔が建造され、ヨーロッパは石の文化から鉄の文化へと移行することになった。1893年のシカゴ万博では高架式の電車が初お目見えし、1900年のパリ万博では会場内の動力に電気が使用され、メトロの1号線が短距離ながら開通し、街灯はガス灯から電灯にとって替わられ、電気の時代の到来を告げた。
こうして振り返ると、19世紀は科学の発達によりさまざまな発明発見が行われ、次々に実用化され都市にも生活にも近代化の波がどっと押し寄せてきたことになる。なぜなら、万博は自由競争を通じての進歩という 19 世紀の支配的な理念を体現するもので、 万博は参加各国が互いの競争心からこぞって最先端の技術の粋を持ち寄り、その結果、 当時の技術発展の最も重要な集約点となったからである。
そんな時代なのにどうしてオカルトがはびこったのかと、いぶかしく思う人も多いだろう。ここでユイスマンスの『さかしま』(1884)の主人公デ・ゼッセントに登場してもらうことにしたい。彼はせっかく世間から隔絶した理想的な生活を送っていたのに、神経が摩耗してしまい、再び世間へと戻らざるを得なくなった。
「考えれは考えるほど、彼の未来の生活はいよいよ暗澹たるものに見え、彼の前途はいよいよ不吉な呪わしいものに思われてきた。
どう考えてみても、彼にはいかなる停泊地も残されていなければ、いかなる渡止場も残されていないのだった。家族も友達もいないパリで、白分は今後どうなるのであろう。衰えて山羊のような声を出し、古くなって埃のように剥げ落ち、荒れはてた空虚な一個の穀のように、新らしい社会の真んなかに横たわっているフォブウル・サン・ジェルマン、この界隈とも、自分はもはや何の絆によっても結ばれてはいないのだ。いったい、自分とあのブルジョア階級、あらゆる災害を利用して金をもうけ、あらゆる禍いを起して己れの犯罪と盗みに敬意を表させながら、少しずつのし上がって行くブルジョア階級とのあいだには、いかなる接触点があり得るであろうか?
家柄の責族が滅び去って、現在では蓄財の責族が幅をきかせているのであった。銀行の教王(カリフ)、サンティエ街の専制主義、それに、金銭ずくの偏狭な観念と虚栄心の強い狡猜な本能とに支えられた、商業という圧制が幅をきかせているのであった」(澁澤龍彥訳)。
デ・ゼッセントは19世紀末のデカダンの代表的人物で、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』(1891)では何度もその名前が引き合いに出されていることを思い出そう。ユイスマンスが『彼方』(1891)で書いているように、彼自身が黒ミサにはまり、その後に『大伽藍』(1898)、『腐爛の華』(1901)、『ルルドの群衆』(1906)に見られるようにカトリック世界の神秘へと身を投じた。ということは、デカダン、ペシミスム、神秘主義とが裏腹の関係にあったことが十分理解されようというものだ。また彼は同じくオカルティストのスタニスラス・ド・ガイタと呪いを掛け合ったという話もある。これについては後日もう少し話をしたいと思う。
ところでオカルトという言葉から、映画の『オーメン』、『サスペリア』、『ポルターガイスト』のような悪魔や悪霊の呪いを連想してしまう人が多いのではないだろうか。もちろんこうした恐怖の超常現象もオカルトの部類に入るけれど、もっと別の定義が成立する。オーエン・S.ラクレフの『オカルト全書』(藤田美砂子訳)の序文にアイザック・バシェヴィス・シンガーがこう記している。
「オカルトというものを生み出したのは、人の心である。人の生死、性、その他あらゆるものに疑問を覚えるところから、オカルトは生まれたのである。絵を描こうとするとき、画家はまず人々の想像から着想を得、それから自分自身の想像力を働かせることによって、漠然とした魔術的・神秘概念に具体的な形を与える」
「オカルトは、神秘主義という人類最古の科学であり、最古の宗教でもある。いずれも、人生にまつわる根本的な疑問に対し、答えが見つからないところから生まれた。疑問を覚えたとき、想像力が豊かな者なら、自己の内に向かい、答えを精神の世界に求めようとする」
なあんだ、そんなことがオカルトなのかと思うだろう。だからオカルティストは決して悪霊に取り憑かれた人間でもなく、『オズの魔法使い』のように不思議なことを自在に扱える人のことでもない。19世紀フランスには名だたるオカルティストたちがいた。ヴィクトル・ユゴー、ジェラール・ド・ネルヴァル、エリファス・レヴィ、ジョゼファン・ペラダン、スタニスラス・ド・ガイタ、ユイスマンス等々である。次回は魔術、錬金術ってなにをすることなのか。そしてさらに次の号からオカルティストたちの面白いエピソードを紹介していくことにする。
◇初出=『ふらんす』2016年4月号