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リレーエッセイ「世界のことばスケッチ」

第9回「マリ語①マリ語について」田中孝史

◎マリ語基礎知識◎

【主な使用地域】ロシア連邦(ヴォルガ川中流域、ウラル山脈)
【話者数】35万人
【使用文字】キリル文字
【あいさつ】
Поро кече! ポーロ ケーチェ! こんにちは!
Салам! サラーム! こんにちは!
Чеверын! チェヴェールン! さようなら!
Тау! タウー! ありがとう!
Кугу лий! クグー リィ! どういたしまして!

 みなさんはマリ語という言語を知っていますか? 地理に詳しい方、あるいは世界史に興味のある方なら、アフリカに「マリ」という国があることをご存知かもしれません。
 でも、アフリカのマリは Mali 、私のいうマリ(語)は、Mari なんです。こうやって英語(ラテン文字)で書くと区別がつきますが、LとRを区別しない日本語で書くと、どちらかわからなくなるので困りますね。(ちなみにアフリカのマリ共和国で話されている言語のなかには、マリ語と呼ばれるものはないようです。)
 マリ語(Mari / марий йылме;英語 / マリ語)とは、ロシア固有の民族であるマリ人(Mari / марий)たちの言語のことです。マリ語は、ウラル語族フィン・ウゴル語派に属する言語で、ハンガリー語やフィンランド語、エストニア語とは親縁関係にある言語ということになります。
 マリ語の本来の話者であるマリ人は、ロシア連邦に55万人ほど住んでいます。ロシアは多民族国家で、150ほどの民族が住んでいますが、2010年の国勢調査によれば、マリは14番目に多いとされています。
 「マリ人は55万人もいるのに、話す人は35万人しかいないの?」と思われるかもしれません。マリ語を話せないマリ人も多くいるのが現状です。マリ人でマリ語が話せる人は、ほぼ間違いなくマリ語とロシア語とのバイリンガルでしょう。マリ語が話せないマリ人は、おそらくロシア語のモノリンガル(単言語話者)です。マリだけでなく、ロシアに住む多くの非ロシア人は同じような状況でしょう。
 そんなわけで、「マリ語を使うのはマリ人だけ」というゆるい認識があります。現地で私がマリ語で話すのを聞いた人が、私のことを、どこかよその地方から来たマリ人だと思った、ということが何度かありました。
 たとえばある時、マリからモスクワに帰る夜行列車が出発する際に、見送りに来た友人たちと乗車口越しにマリ語で言葉を交わしていました。その時「邪魔よ」と言わんばかりに女性の車掌が私を押しのけ、ドアを閉めたあと、私に向かってこう言いました。「今日は外国人がいると思って緊張してたけど、あんたはマリ人だったのね」実は、その車掌もマリ人だったのです。そこで、自分が日本人だと告げると、さらに驚いていました。その後は、モスクワに着くまで、何度となく声をかけてくれ、とても親切にしてもらえました。と、少数言語を話せるとこんなゆかいな経験ができることもあります。

 写真は、マリ語のラジオ番組収録の際の一コマです(向かって左が筆者)。私が調査のために訪れるヨシカルオラ(Йошкар-Ола)は、地方都市でニュースが少ないこともあって、私が来るとテレビやラジオ、新聞の取材が殺到します。次回は、民族共和国とそこでのマリ語の地位について紹介したいと思います。

【執筆者略歴】
田中孝史(たなか・たかし)
東京外国語大学 高大連携支援室所属。専門はマリ語(テンス・アスペクト、社会言語学)。

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