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リレーエッセイ「世界のことばスケッチ」

第4回「ハワイ語④」古川敏明

ハワイ語:先住民語と移民の言語


ピジンの一例(DONT SHUT THE LIGHT WHILE THE STORE IS OPEN)

 最終回となる今回はハワイ語と関係の深い言語、ピジン(Pidgin)について述べる。まず私が遭遇したピジンの使用場面をいくつか紹介したい。
 私はハワイ大学留学1年目に、ホノルル市内に住む沖縄系2世の老夫婦のお宅に下宿していた。ある晩、複数の家電を併用したために電気のブレーカーが落ちてしまった。元大工だったGrandpa(おじいさん)が配電盤を見に行ったが、なかなか戻ってこない。そこでGrandma(おばあさん)が「キャン?」(Can?)と呼びかけると、「ノー・キャン!」(No can!)という返事が返ってきた。「停電を直せそう?」「(まだ)直せない!」という2人のやりとりは、英語のようだが英語でない。これがピジンか!と興奮したのを覚えている。ちなみに「できる?」「できない!」というやりとりは、ハワイ語だと「ヒキ?」(Hiki?)、「アオレ・ヒキ」(ʻAʻole hiki!)である。ピジンと同じ語順だ。
 カウアイ島を訪れ、スーパーマーケットで店員用のトイレを借りた際は、トイレ脇の張り紙に、手書きでDONT SHUT THE LIGHTと書いてあった。動詞の選択が独特のこの表現はおそらく「電気を消すな」という意味だと推測できるが、英語の授業では習ったことのない表現である。ハワイ語には「(火や電気が)消えた(状態)」を意味するピオ(pio)という動詞がある。初期のピジンではPio the lightのようにハワイ語と英語を組み合わせていた。その後、ハワイ語pioの語感と合うshutに置き換わったのだろう。
 またある時、ショッピングセンターにいたら、4、5歳くらいの子が店の床に寝そべった場面に遭遇した。すると、父親(と思しき男性)が子どもに向かって叱るような口調でDirty the floor!と言ったのである。男性の発話を構成する語彙は英語だが、語順は状態動詞あるいは形容詞(Dirty)+主語(the floor)となっている。これはハワイ語の基本語順と同じである(冠詞theの摩擦音が破裂音d、名詞floorの語末の子音rが母音になっていたら、よりピジン的な発話である)。ちなみに、同じ語順でCute da baby!という発話を耳にしたこともある。「この赤ちゃん可愛いね!」という意味だ。
 ピジンの言語学上の名称はハワイ・クレオール(Hawaiʻi Creole)である。共通の母語を持たない話者間で用いられる間に合わせのコミュニケーション手段がピジン(pidgin)、次世代の子どもたちが母語として用いるようになり、統語的により複雑な構造を持つようになるとクレオール(creole)と呼ばれる。こうした言語は世界各地に存在し、フランス語を基層言語とするピジン・クレオール諸語もある。
 捕鯨の中継港であったハワイ諸島では、まずハワイ語のピジンが用いられ始めた。その後、砂糖黍プランテーションの労働力として、世界各地から労働者が集められた。ハワイ語以外では、特に英語、ポルトガル語、広東語、日本語から強い影響を受けており、19世紀から20世紀にかけてピジンからクレオールに変化したと考えられている。言語学上の分類は(母語話者がいるので)クレオールであるが、ハワイでの通称はピジンである。一説にはハワイ州の人口の半数にあたる約60万人がピジンを話すといわれている。
 でもやはりしばらくハワイで暮らしてみないと、ピジンが話されている場面に居合わせることは難しいだろう。移民の言語という側面をもつピジンは、ハワイで生まれ育ったことを象徴的に示す言語である。還元すれば、仲間内の結束を高め(それゆえ排他的な機能も持つ)コミュニケーション手段であり、よそ行きのことばではない。
 ピジンは成立の背景上、移民の言葉、労働者の言葉というイメージが強く、不完全な言葉として虐げられてきた言語である。自分自身がピジンを話す弁護士出身の元ハワイ州知事でさえ、学校でピジンを使用する余地はない、と主張していたほどである。
 しかし、ピジンは移民の言語というイメージが強い一方で、(ハワイ語よりむしろ)ピジンが先住民性の拠り所であるという趣旨の発言をしているハワイ先住民もいる。40代以上の先住民系だと、子どもの頃にハワイ語の没入教育が始まっていなかったので、身の回りで話されていたわけでなく、思う通りに使えないハワイ語よりも、十分に自己表現ができるピジンを無視できないということだろう。またピジンを用いるとハワイ風のキャラを瞬時に作り出せるので、ハワイスタイルのコメディには不可欠の要素でもある。
 先住民系にとってピジンはハワイ語を危機に追いやった言語といえないこともない。移民の子孫にとってピジンは今だに貧しさや無教養と結びついている。その一方で、ピジンは先住民系にとっても、移民の子孫にとっても、アイデンティティの拠り所になっている。移民の言語ピジンと先住民語であるハワイ語は不可分に結びついており、どちらにも目を配らないと、ハワイの言語、文化、社会を十全に理解することはできないのだ。

【執筆者略歴】
古川敏明(ふるかわ・としあき)
早稲田大学准教授。専門は言語学、ディスコース分析、ハワイ研究。

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