第7回「中国語③」山崎直樹
それぞれの言語の乗り心地
「先生、前回にあった〈どの地域でもこうしておけば安全〉みたいな表現は、ぜひ知っておきたいですよね」
「そうだね。常に道の真ん中を歩くようにすれば、溝に落ちないですむから。でも、そう都合の良いのがあるとは限らない。わたしが中国語を勉強していた頃、子供に歳を聞くときは“幾歲了?”、大人だったら“多大了?”を使うと教わった。でも、いま、台湾の若い人に聞くと、使いかたが全く逆の人もいる」
「それ、困るじゃないですか?」
「困らない。他人の年齢なんか聞かなきゃいい。現代では、どこでも、それは避けるべき話題になりつつある。事務的な用件だったら生年月日を聞くほうが確実。長距離列車に乗り合わせた田舎の人の良さそうな年長者がそういう話題を振ってきたら、それは彼我の距離をちょっと縮めたいという信号だから、適当にやりすごせばよい。そういう方略を知っておくことのほうが大切」
「ちょっと思うんですけど、〈ゆる華語〉って使うほうは楽だけど、問題は、それを華語圏の人がどう受けとめるかですよね。華語圏の人たちは規範にうるさいんですか?」
「いや、むしろ、標準語のいろんなバリエーションに寛容だと思う。なにしろ、標準華語は、いまや、いろんな人が乗っている言語だから、うるさくしてもしょうがない」
「?」
「シンガポールは国語は1つ(マレー語)で公用語は4つ(英語、標準華語、マレー語、タミル語)。華人系以外がどれくらい華語を使っているのか知らないけれど、華人系には福建語や潮州語などの方言ではなく標準華語の教育を推進している。台湾は『台湾固有の言語と台湾手話はみな国語』という法律があって、こうなると国語は20種類近くの言語(いわゆる「方言」も含む)になるけれど、標準華語は実質的には唯一の公用語。中国も実にたくさんの民族と言語がある国だけれど、全国レベルの公用語は標準華語のみ(自治区・自治州レベルでは華語以外の公用語もある)。こういうところでは、標準華語が超方言・超民族語として使われる。 Louis‐Jean Calvet がこういう言語を〈乗りもの言語 langue véhiculaire〉と呼んでいる。このことを書いた彼の著作の邦題は『超民族語』で、原語もこの訳語も、この種の言語の性格をよく表していると思う。というわけで、〈ゆる華語〉〈根無しリンガリズム〉は、むしろ、華語を教える立場の人に対して主張したいね」
「乗りものなら、乗りごこちがいいのと悪いのがあったりして……」
「あるある。乗り心地を決めるのは、言語そのものの性質じゃなくて、いつも優先的にそれに乗っている人たち、とくにネイティブ話者の乗車マナーだと思う。混んでいるときに乗ってきた人に舌打ちをしたり、座席を譲るべき人が乗ってきたときに狸寝入りをしたりするような……」
「じゃあ、日本語って乗り心地が……」
「その件についてはコメントを差し控えたい」
【執筆者略歴】
山崎直樹(やまざき・なおき)
関西大学外国語学部教授
専門分野: 言語教育学、中国語学
現在の研究テーマ: 言語教育のユニバーサルデザイン化、言語教育におけるインクルージョン