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リレーエッセイ「世界のことばスケッチ」

第8回「中国語④」山崎直樹

言語のブランド構築戦略、品のない売り込み

「今回のタイトル……言語にもブランド構築戦略があるんですか?」
「ある。ある言語の付加価値を喧伝し売り込む。その付加価値を受け入れる人が多ければ、その言語を使ったコンテンツ(映画、音楽、文学など)が売れる、教材も売れる、教師も売れる。その言語の検定試験は高額商品だ。入試に利用されたりしたら、もう笑いが……」
 上記の理由で、言語教育従事者は自分の扱う言語のブランド構築と売り込みには敏感である。
 イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語などのロマンス諸語は古代のラテン語が祖先である。これらの言語を生業にする人が、ラテン語の文化資産の価値を、その言語のブランド構築にどれほど使用しているのか知らないが、もしこれらの言語がラテン語という言語名を継承していれば、そのブランドイメージはさらに向上したであろうと思う。
 実は、それを実現しているのが「中国語」である。J. Normanは著書《Chinese》の冒頭で、この言語に含まれる変種の驚くべき多様性(長い歴史の中で現れたさまざまな変種と、広大な地域に分布する変種(いわゆる「方言」)の多様性)が、"Chinese"という単一の言語名で覆われていることの特異さについて言及し、その背景を語っている。しかし、ブランド戦略という観点から見れば、王室の家系図と同じでほんとうに何かが継続しているのかどうかは問題ではない。「続いている」「とてつもなく古い祖先が存在する」というイメージが価値を生む。
 なお、「A語とB語の関係は方言か、別言語か」は政治が決めることであって、言語学の主題ではない。よって「北京語とか上海語とか広東語とか(名前のある方言はもっとたくさんある)は、お互いまったく通じない。方言というより別言語では?」という問いかけは意味を持たない。
 さて、言語名の話だが、日本語では「中国語」という統一名称が発明され、変種を区別するときも「古典中国語、現代中国語、中国語諸方言」みたいにその一貫性を印象づける名称になる。中国語では統一名称としては"漢語"、下位区分として"現代漢語、古代漢語、漢語方言" のようなやはり一貫性を強調できる用語がよく使われ、ブランド構築に役立っている。
「嫌味……自分の教える言語の売り込みをするのは当然でしょ?」
「話者が多い、豊かな文学的資産、今後ますます発展する国……みんなこんな売り込みかたをするけれど、これは裏返せば、『これらの特長をもっていない言語は学ぶ価値が少ない』と主張するのと同じ……いや、みんなの本音はそうで、言語に対して最も差別的なのは言語を教える教師かも」
「差別ってそんな……」
「『家柄、財産、学歴』で人の価値を判断するのが差別なら、これも差別。ヨタヨタ歩いてガァガァ鳴けば、アヒルじゃないと言い張っても、それはアヒルだ」
 日本の大学は各種の言語が学べる場として優れている。だが、英語以外の言語を学べる科目群は減りこそすれ増えてはいない。科目の枠自体がなくなれば、中国語だけをいくら売り込んでも無意味である。『英語以外の言語を学ぶことも重要だ』と外国語の教師は言うが、その多くは、自分の教える言語を学ぶ重要性を、言語別の事情を根拠に主張しているだけである。
「仏壇に花を供える人が減って困るという相談をしているのに、仏花は菊がよいか百合がよいかという議論を始めても……チーン」
「チーン?」
「仏壇の鐘の音だ」

【執筆者略歴】
山崎直樹(やまざき・なおき)
関西大学外国語学部教授
専門分野: 言語教育学、中国語学
現在の研究テーマ: 言語教育のユニバーサルデザイン化、言語教育におけるインクルージョン

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