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リレーエッセイ「世界のことばスケッチ」

第2回「ハワイ語②」古川敏明

フラとハワイ語学習


ツアー客に披露されるフラ

 前回はハワイ語の現況を紹介した。今回はフラ(hula)を通じたハワイ語の学習体験について述べる。私は主にハワイ大学留学中にハワイ語を学んだが、留学前にも日本で入手できる書籍を使って自学自習していた。
 ただ、ハワイ語に触れる機会を増やしたいと思った時、周りにハワイ語話者がいるわけではなく、他に利用できそうなのはフラだった。フラはハワイ先住民の伝統舞踊を意味し、「踊る」という意味の動詞でもある。
 実際、フラを習うことで、どれくらいハワイ語を学べただろうか。まず、フラの世界で用いられる語彙が身近に感じられるようになった。クム・フラのクムは「源」という意味である。知識の源泉ということで先生はクムであり、フラの先生はクム・フラとなる。
 クム・フラの元で学ぶ人たちはハウマーナ(haumāna)と呼ばれる。クム・フラとハウマーナの関係は一種の師弟関係といえる。学びの場(道場、教室)がハーラウ(hālau)である。
 フラはハワイ語のメレ(mele)を身体で表現する舞踊である。たとえば、花、風、波などに対応する振り付けがある。根底に必ず詩があるという点で、フラはバレエなどの舞踊と異なる。
 レッスンではステップを踏む練習があり、横移動のカーホロ(kāholo)をはじめとするステップの名前、「前へ」という意味のイ・ムア(i mua)のような指示に関する諸表現を動作を通して学ぶことができた。
 フラはカヒコ(kahiko)と呼ばれる古典フラ、アウアナ(ʻauana)と呼ばれる現代フラに大別できるのだがこれもハワイ語である。瓢箪でできたイプ・ヘケ(ipu heke)などの打楽器のリズムが特徴的なカヒコを習った際には、「ホオプカ・エ・カ・ラー・マ・カ・ヒキナ」(Hoʻopuka e ka lā ma ka hikina)と唱えてから踊りだすというような具合だった。「東から太陽が昇る」という意味だと教えられたものの、当初は文構造がよくわからなかった。フラを踊る人たちはフラが踊りたいので、詩は大掴みで理解できていればよかったのだろう。
 一方、私はというと、詩を暗記し、振り付けも覚えることが性に合っていなかった。ハワイ語は学べるのだが、遠回りしているような気になってしまった。
 フラダンサーの皆さんからすれば、単に怠け者だっただけ。実際、ハワイ語に卓越している人たちは優れたフラの踊り手であったり、ミュージシャンであったりする人が少なくない。色々なフレーズを諳んじたり、振り付けや楽器演奏とともに実演することができたら楽しいハワイ語授業ができるだろう。(だから私もまだ諦めたわけではない。)
 ただ、フラは人生をかけて追求していく対象となるほど魅力的で学ぶべき内容も多いけれども、フラがハワイ先住民文化のすべてではないのも事実である。先住民文化は航海術、農業、漁業や水産資源、動植物、宗教など多岐にわたる。また、フラが表現する詩は日常の会話や文章として書かれるハワイ語と重なりつつも、それらとは異なる語彙や言語形式を有する。
 たとえば、山を意味するクアヒヴィ(kuahiwi)は詩に登場するが、一般的な語はマウナ(mauna)である。また、所有を表すoや話題を表すʻoは別々の単語だが、詩の中ではaʻoというさらに別の単語がこれらを代替することがある。
 ちなみに、現代フラを意味する語であるアウアナには、「彷徨う」という意味もある。私のハワイ語学習も遠回りだったかもしれないが、フラを経由したからこそ、ハワイ語の諸側面について理解を深めることができた点もある。
 次回はハワイ語のラジオ番組や新聞が言語の再活性化のための豊富な資源となっていることを紹介したい。

【執筆者略歴】
古川敏明(ふるかわ・としあき)
大妻女子大学准教授。専門は言語学、ディスコース分析、ハワイ研究。

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