第3回「ハワイ語③」古川敏明
資源としての新聞とラジオ番組
ハワイ語新聞のレプリカ
今回はメディアという観点からハワイ語について述べたい。ハワイ語は実はかなりの量の言語文化資源を有し、それらは言語の再活性化に重要な役割を果たしてきた。
その最たる資源が新聞とラジオである。ハワイ語で新聞はヌーペパ(nūpepa)、ラジオはレキオー(lekiō)と呼ばれる。それぞれ英語からの借用語だが、ラジオには「声を飛ばす箱」という意味のパフ・ホオレレ・レオ(pahu hoʻolele leo)という造語もある。
ハワイ語は口承文化の伝統を持ち、1778年の西洋との接触後に文字で書き表されるようになった。正書法が定められ、聖書の翻訳が行われた後、1834年には新聞が発行され始めた。それから1948年までの114年間に、100紙以上の新聞が発行され、総ページ数は12.5万ページ(A4用紙に換算して150万枚)と推定されている。内容は国際・地域ニュース、コラム、詩や物語、読者投稿、船の発着、訃報、広告など多岐にわたり、紙面のレイアウトも現代のものとよく似ている。
現在ではデジタル化が進み、ネット上で公開されている。様々なハワイ語資料の集積場所となっている電子図書館ウルカウからリンクが張られているホオラウパイ・プロジェクトでは、キーワード、新聞紙名、発行日で検索できる(ちなみにUlukauは「神秘的な力の獲得」、Hoʻolaupaiは「増加させる」を意味する)。ホオラウパイの後に登場したパパキロ(Papakilo)というデータベースでは、2019年3月時点で検索可能な対象が5.8万ページ(記事数は約38万)であり、この数は現在も増え続けている。
ハワイ語新聞は言語の再活性化に不可欠な資源であるとともに、注目すべき研究資料として近年関心を集めている。例えば、私が上記データベースを利用して行ったある調査では、1941年の真珠湾攻撃がハワイ語新聞では、「真珠湾」でもPearl Harborでもなく、「多くの丘」という意味のプウロア(Puʻuloa)という地名で報じられているなど、ハワイ語新聞ならではの発見があった。
一方、声のメディアであるラジオでは、1970年代から年配の母語話者をゲストに招き、言語および文化に関する知識を記録しようとする試みが行われた。「ハワイの声」という意味のカ・レオ・ハワイ(Ka Leo Hawaiʻi)という番組が1972年から1988年までの第1期に417回(各60分程度)、1990年から2000年までの第2期に383回放送された。第2期の音声ファイルはハワイ大学マノア校のオープンアクセスリポジトリeVolsで公開されている。
第1期の音声ファイルはハワイ大学や博物館のアーカイブスで視聴できるが、ウェブ上ではこれまで公開されてこなかった。しかし、2019年3月に開催された危機言語の記録と保存に関する国際学会を機に、少なくとも一部についてはウェブ上での公開が開始された。上述のウルカウからリンクが張られたウェブサイトの名称は「大地からの声」を意味するKaniʻāinaである。新世代の母語話者や第二言語使用者だけでなく、ハワイ語に関心を持つ者にとっても、年配の母語話者が話すハワイ語や母語話者同士の会話を文字起こしされた資料とともに聴くことのできる貴重なウェブサイトである。
新聞やラジオは現在でも新たな記事や番組が作られている。例えば、ハワイ州の地方紙スター・アドバタイザー紙には毎週ハワイ語によるコラムが掲載され、先住民に関わる問題はもちろん、様々なトピックが論じられている。多様なトピックを扱うのは、ハワイ語は決して過去の遺物ではなく、今も現実の世界に生き続ける言語だという主張が込められているからだ。ラジオは大学のラジオ局でハワイ語で運営するハワイアン音楽番組が存在する。
ちなみに、ハワイ語ラジオ番組カ・レオ・ハワイのホスト(第1期)はラリー・キムラという人物だった。1970年代当時、まだ20代の若者だったキムラは、ハワイ語を駆使して、年配者たちと会話を展開した。キムラほどハワイ語を使いこなせる若者は極めて珍しかった。また、ミュージシャンに歌詞を提供するなど多才で、現在ではハワイ大学ヒロ校の教員を務め、依然として再活性化の中心にいる人物である。
ところで、キムラというのは日系の名前である。先住民語であるハワイ語の再活性化の中心人物が日系人でもあるというのは不思議に思われるかもしれない。しかし、初回のコラムで触れたように、ハワイは移民の歴史を持つ、多民族な社会であることの証左がここにも垣間見えるのである。
次回(最終回)は先住民語のハワイ語と密接な関係にあり、英語のようで英語でないピジンと呼ばれる言語について紹介したい。
ホオラウパイ・プロジェクト http://nupepa.org/gsdl2.5/cgi-bin/nupepa?l=haw
eVols https://evols.library.manoa.hawaii.edu
Kaniʻāina(大地からの声) http://ulukau.org/kaniaina/?l=haw
【執筆者略歴】
古川敏明(ふるかわ・としあき)
大妻女子大学准教授。専門は言語学、ディスコース分析、ハワイ研究。